「誰にも知られずに出産したい」と訴えていた未成年の女性が今月、慈恵病院(熊本市西区)で女児を産んだ。出産後は自分で育てたいと考えを変えたものの、「望まない妊娠」「予期せぬ妊娠」に悩む女性と、生まれてきた子どもを社会がどう支えるのか、大きな問いを改めて突き付けた。公には身元を明かさず出産できる「内密出産」について、熊本市などが国に法整備の検討を求めて4年。議論は進んでいない。

「違法とはいえない」国の法解釈
 出産を公表した10日、蓮田健院長は記者会見でこう強調した。「病院や行政が安心して取り組むためには(最終的には)法整備が必要だ」

 2007年、親が育てられない新生児を匿名で預かる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を設置。小さな命を遺棄する事件が相次ぐ社会の情勢を踏まえ、「違法とはいえない」との国の法解釈を受けて取り組んだ。

 今年3月末までに預けられたのは159人。うち、医療関係者が立ち会わない自宅などでの危険な「孤立出産」は6割。複雑な事情や孤立、貧困が背景にあるとみられる。

 「安全な環境で出産してもらいたい」―。熊本市も病院もそう考える中、17年7月、市は国に内密出産の検討を初めて要請。病院としても実施に向けて検討を始めると表明した。

 法整備に関する市と病院の見解に若干の“ずれ”はある。早急に対応すべきと考える病院は、まずは現行法の解釈や運用で可能な仕組みを求めている。市は新たな法律が必要と考える。

 いずれにしても両者は「民間病院と地方自治体が単独で判断できる問題ではない」との立場で一致。これに対し厚生労働省の担当者は言う。「調査研究はしている。だが、一つの省庁だけで実施の可否を判断するのは難しい」。もう、4年が経過した。

民間には廃業リスク、情報保全に懸念
 慈恵病院が導入を検討する内密出産は、妊婦が病院だけに身元を明かして仮名で出産。情報は新生児相談室が管理し、子どもは一定の年齢になれば見ることができる仕組み。病院での管理が課題になる。一方、親が子どもへの情報開示を拒めば「匿名出産」も受け入れる。その場合、出自を知る権利が担保されない課題が残る。


 病院がモデルにしたドイツでは、約20年前に赤ちゃんポストが始まり、「匿名出産」も行われた。その後、子どもが出自を知ることができないことへの批判が高まり、それが担保される内密出産を法制化した。親の情報などを記載した資料は行政が保管し、子どもは16歳になると閲覧できる。18年末までに827件の実績があるという。

 ドイツの事情に詳しい熊本大のトビアス・バウアー准教授(生命倫理)は、民間病院では廃業のリスクがあるとし、情報管理に行政が関与する必要性を指摘。「母子の命と子どもの出自を知る権利は、共に守られるべきだ」と強調する。

 病院と熊本市の間で手続き上の課題もある。市によると、赤ちゃんポストでは両親の身元が分からない場合、子どもは「棄児(きじ)」と位置付けられ、市長が名付け親となって新たに戸籍を作ってきた。

 内密出産の場合、親の身元を知っている病院が父母欄を空白のまま出生届を提出すると、刑法の公正証書原本不実記載罪に問われる可能性がある。自治体が受理しなければ、子どもが無戸籍になる恐れもある。熊本大の梅澤彩准教授(民法・家族法)は「戸籍の問題を(運用で)クリアするのは困難ではないか」として法制化の検討を求める。

 新生児を匿名で預かる施設は慈恵病院が全国唯一。7割近くは県外から訪れており、全国の悩める女性の駆け込み先になっている。内密・匿名出産の相談は今回を含めて複数。国は現実を受け止め、答えを出す時期にきている。

 (西村百合恵、綾部庸介、鶴善行)

西日本新聞 2021/11/21 6:00 (2021/11/21 12:07 更新)
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