読売新聞 12/15(水) 5:00

 東日本に住む20代の女性は約2年前に流産を経験した。不妊に悩んだ末に授かった子だった。医師からは「一定の確率で起きる」と説明されたが、「私に原因があるのではないか」との思いがどうしても消えなかった。

 ある日、「流産 本当の原因」とツイッターの検索画面に入れると、こんな投稿が目に飛び込んできた。

 <添加物や遺伝子組み換え食品で流産する>

 <人工物を体に入れてはダメ。毒がたまる>

 引用元のウェブサイトを読んでは、出てきた言葉を検索する。繰り返していると似た情報が無数に見つかり、「間違いない」と確信した。

 発信者の多くが主張し始めたのが、新型コロナワクチンの危険性だった。

 <打つと2年で死ぬ>

 女性は親友らに「絶対に接種しないで」とLINE(ライン)を送ったり、電話したりして説得するようになっていた。

 全て誤りだと気付いたのは今年10月。身近な人がコロナ感染で苦しんだのを機に、書籍で専門家の見解を調べてわかった。

 しかし、女性は昨年以降、怖くて野菜と玄米しか食べなくなった結果、栄養失調に陥り、体重も10キロ落ちた。ワクチンを巡って親友らとの関係もめちゃくちゃになった。女性は今も自分を責める。

 「大切なものを失った。なぜ信じてしまったのか」

 時間をかけて調べれば調べるほど、正解に近づける。それが多くの人にとっての常識だろう。だがネットのデマに惑わされる人が後を絶たない背景には、全く逆の実態がある。

 検索すれば瞬時に情報が見つかるが、そこは図書館とは違う。命に関わる情報でさえ毎日、事実確認もされないまま大量に垂れ流される「汚染空間」でもあるからだ。

 「本人は真実を探り当てたと錯覚しがちだが、不安を埋めてくれるような情報に近づいているだけ。その特性を知らないと深みにはまる」

 情報リテラシー(読み解く能力)専門家の小木曽健さんは、こう指摘する。

 東京に住む女性(59)が、「調べるワナ」にはまったのは、過去に夫が胃がんで「余命数か月」と宣告された時だった。わらにもすがる思いで「胃がん 治る」などと検索を繰り返し、「がんに有効」とうたう様々な食品や療法を試した。

 約700万円使ったが、効果はないまま夫は亡くなった。当時、専門家が「科学的根拠はない」と指摘しているのは知っていた。女性は「毎日、必死で調べたので正しいと思い込んでいたが、夫を苦しめただけだった」と悔やむ。

 誤った情報の中には、海外の記事や論文、実験データなど根拠らしきものが添付され、真実のように見えるものも多い。簡単に真偽を見極めることはできるのか。

 ネット情報の中身を詳しく読むだけでは時間の無駄になりかねない――。

 米スタンフォード大の教育学の研究者が、2017年に公表した調査結果だ。

 研究者は大学生ら45人に子どもの健康に関する二つのサイトを見せ、どちらが信頼性が高いかを質問した。その結果、著名な小児科学会ではなく、根拠不明の情報を流す団体のサイトを選択した人が約4割いた。

 間違った人は文章だけを読んで判断していたが、正解した人は先に発信者の社会的評価をネット上で調べている傾向があった。

 米国では最近、従来の情報リテラシーを見直す必要性が指摘され始めた。

 同じサイトで情報を上から下へと読み込む「縦読み」よりも、まず別サイトで情報源について確認する「横読み」が一部で推奨され、各地の大学の授業で取り入れる動きも広がりつつある。

 日本では偽ニュース対策として、ヤフーなどのIT企業でつくる「セーファーインターネット協会」が協議会を設け、今年3月に公表した中間報告で「情報リテラシーの向上が欠かせない」と強調した。

 国と連携して取り組むとの方向性が示されたが、有効策はまだ見えてこない。

 汚染情報を避けるすべをどう身につけ、社会全体で抵抗力を高めるか。大きな課題が突きつけられている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/1980ac21616624ee2fa9e106704f3b226a1db2de
流産をきっかけにデマを信じた女性。「『真実はネットの中にしかない』と思い込んでいた。私のようにならないでほしい」と話す
 きっかけは「本当のことを知りたい」という切実な気持ちだった。
https://i.imgur.com/YVLpYYn.jpg