キリスト教の東方正教会の信徒が多い国で、新型コロナウイルスのワクチン接種が進んでいない。
国民の約9割が正教会信徒のルーマニアでは、信仰上の理由に加えて虚偽の情報も広がり、接種率の低迷を招いている。

19日午前、ブカレスト郊外のルーマニア正教会で日曜礼拝が行われた。200人近くの信徒らのうち、4割ほどはマスクを外している。
3時間以上、密閉空間で礼拝に参加し、最後に同じスプーンでワインを飲み回す儀式が行われた。

「神が守ってくれるからワクチンは接種しない。ワクチンには『悪魔』が入っている」。
毎週礼拝に参加するマリン・シェルバンさん(58)はそう断言した。

別の未接種の女性(42)は「教会は最も安全な場所だから大丈夫」と話し、全く気に留めない。

人口約1900万人のルーマニアでは10月に1日当たりの新規感染者が1万8000人に達し、11月に死者の累計が5万人を超えた。
ワクチン接種が進まない中、5月以降、他の欧州連合(EU)加盟国と同様に行動制限を緩和し、感染が広まった。

接種完了率は12月にようやく40%に届いたが、EUでブルガリアに次いで低い。
10月には集中治療室(ICU)が満床になり、隣国ハンガリーなどに患者を移送した。

政府は10月以降、屋外でのマスク着用を義務化し、ワクチン未接種者の飲食店入店などを禁止した。
その結果、12月には1日当たりの新規感染者は2000人未満に低下した。

ただ、米ジョンズ・ホプキンス大の統計によると、10万人当たりの感染死者数はブルガリアが436人で世界で2番目、
ルーマニアが302人で10番目に多く、上位10か国のうち6か国が東方正教会信徒が過半数の国だ。

東方正教会の信徒が多い国ではワクチン接種率が低い。

ワクチン接種について、ルーマニア正教会は公式には否定していないが、大都市コンスタンツァの大主教は
「毎日お祈りする人は救われる。ワクチン接種は勧めない」と公言している。

ルーマニアなど東欧諸国では、正教会は選挙で大きな集票力を持つため政治への影響力も強く、政府が干渉しづらいという事情もある。

虚偽情報の拡散も深刻だ。18日に訪れた南部スロボジアのワクチン接種会場は閑散としていた。
「『死にたくないから打たない』『3世代先まで子供ができなくなる』など、あらゆるフェイクニュースが広がっている」。

ラドゥ・アンドレア医師(40)はため息をついた。接種に来るのは3回目の人がほとんどで、初回の人は1日10人ほど。
「自分の患者で接種したのに入院したのは2人だけだ。偽情報のせいで自分のメッセージが届かないのが悔しい」と嘆いた。

熱心な正教会信徒で、反ワクチン運動で一躍有名になった男性(43)のブログには、「ワクチンは遺伝子を変える生物兵器だ」などと主張する投稿があふれている。
男性は医療従事者だったが、11月、コロナに感染して死亡した。

ニコラエ・チウカ首相は今月23日、会合で「ワクチンは重症化と死を防ぐ」などと接種を呼びかけた。
政府は接種者には全員100レイ(約2600円)の食事券を配り、最高191万レイ(約5000万円)が当たるくじ引きも始めた。

だが、12月の接種率は約1・6ポイントの上昇にとどまる。

スロボジアでは10〜11月、死者数がそれまでの3〜4倍に急増した。市内の墓地では、墓穴を掘る作業が追いつかず、もうすぐ敷地が足りなくなる。
「この穴を見てほしい。接種しないとここに行くんだ」。作業管理者のペトレ・バレリロ・ロシュカさん(35)はつぶやいた。

◆東方正教会 =キリスト教の3大教派の一つ。ギリシャや東欧、ロシアなどに2億人以上の信徒がいる。
東ローマ帝国の首都だったコンスタンチノープル(現イスタンブール)総主教庁を中心に、主に国単位で組織される。
https://www.yomiuri.co.jp/world/20211226-OYT1T50043/

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