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次に、週刊現代の記事により、創〇学〇が折伏大行進の頃には既に警察の調査対象であり
監視を受けていた事が判明しているが、その理由は、同紙に書かれていたものとは、異なるようである
元公〇党委員長の矢野絢也氏は、著書に置いて下記のような暴露をしている

元公〇党委員長 矢野絢也(著)
「黒い手帖 創〇学〇 日本占領計画の全記録」 297頁
「クーデターを立案していた青年部

 池田氏は「内部はどこまでも革命児でなければならない」という考えの持ち主である。
 国家を転覆させても、自分が天下を取りたいという野望を抱いており、
 「水滸伝」や「三国志」、ヒトラーの「第三帝国」を、公〇党の議員や青年部の幹部に勉強させ、
 ありとあらゆる権謀術数を会得させようとしているという話もある。
 いざというときには、クーデターもやりかねない怖さがある。
 実際、1971(昭和46)年頃、青年部の最高幹部の間で過激なクーデター計画が
 話し合われていたという証言もある。学〇の人材をひそかに送りこんで、自衛隊と放送局、
 電波を全部抑え、クーデターを決行すると言う内容だったらしい。
学〇員で大型トラックを所有する者を都市部に集結させ、トラックを路上に倒して交通を遮断する。
たくさん消火器を買い込んでおき、向かってくる警察官にぶっかけ、動けないようにする、といった具体的な作戦まで練られたという。
(中略)
いうまでもなく、これらの非合法的行為は、学〇内部では極秘に行われており、一部の幹部しか知らない。
私は、当時、公〇党の最高幹部で、学〇との連絡役を務めていたことから、このような事実を知り得た。」

矢野絢也著『黒い手帳 創〇学〇「日本占領計画」の全記録』より