自動体外式除細動器(AED)が作動しない-。これは目の前の命が危ういことを示していた。
安倍晋三元首相(67)が奈良市で街頭演説中に銃撃されて死亡した事件で、
直後に現場に駆け付けた医師が取材に応じ、救命措置の一部始終を明かした。

「安倍さんが撃たれた」。現場となった近鉄大和西大寺駅近くにあるクリニックの中岡伸悟院長(64)は事件直後、
患者の家族から知らせを受けた。にわかには信じがたい。それでもクリニックを離れて看護師と現場に駆け付けた。

悲鳴と怒号が交錯する中、あおむけにぐったりと倒れる安倍氏。白いシャツには血が付着していた。
それほど出血が多くないようにも思えたが、撃たれたのなら傷が深いことは間違いない。安倍氏に近づくと、すぐに異変に気が付いた。

「顔面蒼白(そうはく)で、まぶたの裏も真っ白。貧血状態だったのはすぐに分かった」。
背中側の路面に血だまりができていたことを後に知った。

心臓に血液を供給するため関係者が安倍氏の足を持ち上げ、中岡院長と看護師らが心臓マッサージを行った。
だが、呼吸は止まり、脈動も確認できない。「一刻も早く救急車を」。そう願いながらAEDを手に取った。

しかし、故障もしておらず、正しい手順を踏んでいるはずのAEDが動かない。
「AEDは心臓が少しでも動き、脈がきちんと取れている場合しか使えない」。心臓の拍動は停止していた。

救急隊に引き継ぎ現場を離れたが、その後、安倍氏の死亡を知った。深刻な容体を目の当たりにしていただけに、
驚きはなかったが、無念さは募る。「現場でやれることは限られていた」と唇をかんだ。
https://www.iza.ne.jp/article/20220709-EPSQWLRPJRNPFIVRJEOBFSXUSI/