【社会】 ガダルカナル島の日章旗、80年ぶり故郷・郡山へ…遺族「お墓の家族に報告したい」 [朝一から閉店までφ★]
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2022/07/23 23:06
太平洋戦争の激戦地だったソロモン諸島のガダルカナル島で、1942年に戦死した郡山市出身の 宇南山(うなやま )民男さん(当時23歳)の所持品だった日章旗が22日、保管されていた米国から遺族に返還された。80年ぶりに古里に戻り、遺族も感慨深げだった。
郡山市遺族会や宇南山さんの遺族などによると、民男さんは1919年生まれ。42年1月、広島県の宇品港から戦地に向かい、同年11月、ガダルカナル島で腰と腕に砲弾の破片を受けて戦死したという。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20220723-OYT1T50130/ 一番のハズレクジの戦地だよな、ここ。
地獄のような状況の中、本当にご苦労様でした。 戦って負けた日本人と戦わずに統一朝鮮人に負ける情強()戦後日本人 第9師団とかいう精鋭部隊なのに台湾配属で何もできずに終わった部隊にいればね! 無謀な戦争でしかも激戦って一番報われないパターンだね >>4
硫黄島、ルソン島、沖縄、メレヨン、アッツ、ペリリュー、テニアン、サイパン、も忘れないであげて アメリカの兵隊は泥棒ばっかりだな
頭蓋骨まで海水で洗って持って帰ってたし、最前線の兵隊は麻薬やってるからまともじゃない
後で正気に戻った時にはどうしたらいいかわからず、仕舞い込んで子供や孫に発見されて返してくる例が多い
硫黄島で戦った時に遺品を持って帰ってしまったアメリカ人は返そうと思わないってインタビューで答えていたけど
「これを見たら遺族がまた悲しい思いをする。そんな姿は見たくない」って言ってた
そういう考え方もあるな…とは思ったけど、遺族からしたら返してもらいたいと思うよ >>4
一番のハズレくじは硫黄島
ペリュリューも酷いけど、湧き水があったからまだマシ
硫黄島は火山島で熱帯、地下熱、井戸も川も湧き水もなくて正に地獄
でも、唯一米兵の死傷者が日本兵を上回っている戦地でもあるので、米兵にとっても地獄だった で、いつの間にか
ガルカナルは中国軍の重要軍事拠点に
全く隔世の感があるな ガダルカナル島でのエピソードがある。アメリカ軍は日本軍の露営地に残された糞の量から日本軍の兵力を割り出そうとしましたが、日本人一人あたりの糞の量が多いことを知らなかったため、実際より4倍もの兵力があると推定していました
↓
敵兵力が10,900人を擁する大軍であることを知らない一木大佐は、なおも1時間後に同様の白兵攻撃を命、
ニッポン/(^o^)\ >>22
3-4x10月 タカがスナックのマスターでウザい客の女をウィスキーのボトルで思いっきり
顔をドツいた所が良かったな ガダルカナルっていきなり上陸されて手も足も出なかったらしいが、ちゃんと哨戒とかして無かったのか? 爺さんい兄が機関銃兵とかでガナルカナルで死んだとかたしか親父が言ってた気がする。
まえに福岡の人たちが大勢行ったとかいってたしな >>27
軍記物で、北海道の連隊が先行して攻撃したけど失敗して、北海道連隊の残りと福岡連隊が再度攻撃したって読んだな。 >>26
一木大佐は優秀で部隊も練度は高かったのだけども
、アメリカ海兵隊の機銃座からの十字砲火とさらに迫撃砲や榴弾の集中射撃、M3軽戦車に歯が立たんかった。 戦争は遠い話になりました
終戦直後の団塊さんが後期高齢者になりました
戦後の爆発的人口増加が、経済発展の
礎になりましたが、今は逆
税収不足を赤字国債で賄う危ない状態
没落日本に浮上の時期は来るのでしょうかね >>25 そう、そのシーン俺も思い出してたのよ
サンクス >>20
米軍の大兵力を拘束し続けた一木支隊のフン戦いに敬礼! ガダルカナル島には福島県の部隊が行かされてたの?
長州閥に連なる日本軍の福島県への厳しい仕打ちだな いや俺のじいさんは郡山近くの集落だったけど台湾だったけどな 台湾はほとんど何も無かったって聞いたけど平和だったんかな >>14
日本も同じだぞ。B29が墜落すると逃げられなかった死体からカレッジリングとかネックレスと盗んだって。そんで戦後GHQが来た時、家探しされてみんな回収されたってさ。爺さんの話し。 欧米では旗は公式な戦利品で何旗ゲットしたとかカウントしてた
だから旗手やるのは名誉
さすがに第二次対戦ではもうそんなことやってなかったがそれでも旗は奪っていい戦利品だよ >>31
一木支隊が十字砲火に曝された時に
沖合を海軍のゼロ戦が飛んでいたが、何も支援せずに飛び去った
後の海軍の言い訳「海軍は敵軍艦を沈めるのが任務である」 うちの爺様はガ島の生き残り
あまり語りたがらなかったわ
米兵を食ったのかもしれんなあ >>6
> 戦って
戦死より病死と餓死
ろくな治療も補給も無かった
「兵站?何それ、おいしいの?」状態だった、超絶無能な当時の日本政府 >>40
うちの親戚は宮城の石巻だけどガダルカナルで戦死した ガダルカナルは海軍が敵のスパイかってぐらい無能を発揮し続けて負けたんだよなあ・・・ うちのじいさん何処に行かされたんだか教えてもらえないまま亡くなったんで遂に判明するかと思ったんだが郡山違いだったわ
福島の郡山なんだが誰かご存じの方いないか? >>24
米軍機の空襲はあったが、米軍部隊は台湾上陸しないまま直接沖縄に上陸したから、
台湾の日本軍は終戦までほぼ無傷で残った これを否定するは重大なる統帥権干犯!
の恐れあり、と なんだバカヤロ!おまえ、え?
わかっ、え?てんのか!えっ?
コノヤロー >>55
アメリカ兵はまだマシ
ソ連兵なら腕時計まで取り上げて一切返さない 生きて虜囚の辱めを受けるべからず
何かしらの形で故郷の元へ還ることができて良かった アベチョン
国防予算拡大、硫黄島慰霊、靖国参拝、核共有検討、クァッド対中包囲網、拉致被害救済
山本朝鮮太郎、ガイジパヨク界隈
「韓国朝鮮を敬え、拉致被害で騒ぐな、竹島は韓国に譲れ、戦犯侵略国家日本、消費税なくせ」
※消費税は公的な年金や介護の財源
どっちがカルトやねんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
むしろガイジパヨクがハードコア統一教会そのまんまやんけwwwwwwwwwwwwwwwww
講演して韓鶴子おだてたら統一信者?
チーガーウーダーローwwwwwwwwwwwawwwwwwwaww >>56
まったく歴史を知らないとんでないガイジ登場やのwwwwww
太平洋戦線では日本兵は基本皆殺しや
殺したら日本刀、金歯や腕時計を剥ぎ取ってから、ナイフで首をもぎ取って切り離して
ドラム缶で長時間茹でてから頭蓋骨だけにして乾燥させて「おみやげ」として故郷に送る
日本兵の頭蓋骨眺めながらアメリカ兵に感謝の手紙を書く少女はTimeの表紙にもなってるわ
日本兵大量餓死説は大嘘で、生存者をほぼ皆殺しにしていただけやぞガイジ
日本側もアメリカの残虐な人種憎悪を認識していて、報復で米軍捕虜は3分の1以上を転している
当時は激しい人種憎悪戦争や
日露戦争は捕虜虐殺はお互いやってない
半分アジア人のロシア人と、異人種皆殺しが信条のアメリカとの違いやでw >>16
硫黄島の「唯一」って判断はおかしい
戦死傷者で出してるアメリカ(戦死は6000人超)に対して、日本は戦死だけで20000人超だぞ?
負傷者含めれば明らかに日本の方が多いはず >>63
負傷者極端に少ないんだよ
ろくな治療もできないからな >>63
死傷者としてカウントすると米軍の方が多いからって話なんだが
基本的な知識だろこんなこと 爺さん従軍経験殆ど語らんまま死んでもう10年以上経つけど海軍で44年末に台湾配属なら高射砲や沿岸警備の小型艦艇や基地要員なんかな >>62
全然違うだろ
追い込まれ方はどちらかといえばロシアの方が近い そもそもなぜあんな南の島に日帝軍の旗があるのが
その旗はソロモンの無辜の民の血と涙に濡れ、慟哭と呪いがこびりついているぞ!
日帝侵略の証拠として博物館にでも展示すればいい >>72
硫黄島は東京に近く、B29の基地にされては大変という事で
大量のトーチカ建設のコンクリートや臼砲など新兵器も持ち込まれた
かなり恵まれた戦い
ペリリューやガダルカナルは何も無い ていうか返還されて受け取ったの孫だろ?正直今頃こんなの返されても扱いに困るよな。 ガダルカナル島はエバ国認定されました
アダム国韓国に毎年献金をしなければ
先祖が苦しみ続けているぞ 太平洋戦線のアメリカ軍には優秀な陸戦指揮官があまりいなかったようで、雑な作戦が目立つ
ガダルカナルでもあれだけの包囲をしておきながら日本軍の撤退作戦(ケ号作戦)を察知できず
撤退支援の矢野大隊が増援で上陸したのに気付かず、歩兵なしの戦車中隊前面でごり押ししようとして
タサファロングで待ち伏せ喰らい、破甲爆雷で大損害喰らって退却。その隙に日本軍は撤退した
ちなみに歩兵なしの戦車でごり押して大損害は沖縄戦でもやらかしてる(嘉数の戦い) ガダルカナルタカ
戦死者に失礼な芸名だよな
芸名の由来は、昔の戦争映画に出てくる日本軍の兵士に似ているので、かって戦場だったソロモン諸島のガダルカナル島から来ている(トイレに行っている間に、何時の間にか決まっていたらしい)。 >>14
麻薬やってるのは恐怖心を忘れさせて戦わせるためでそれは日本もヒロポンってのをやってた ちなみに、>>79で書いた破甲爆雷での攻撃のことを日本軍では肉弾攻撃と呼んでたので
その字面のせいで手製爆弾による自爆攻撃と勘違いされてしまう
破甲爆雷は磁気吸着式の対装甲時限爆弾。製造コストも安く工程も単純だったので終戦時でも十分な数があった
沖縄戦では撃ち倒された女子挺身隊員の鞄に入ってたのも確認されてるので
わざわざ手製爆弾なんて効率の悪いものは実際にはほぼ使われていないと思われる
てか、対潜用60kg爆弾改造の地雷でもM4は撃破できないのに、人間が背負える爆弾程度では履帯すら切れん このスレ勉強になるわ
戦争のことはだしのゲンくらいしか知らないからなぁ 第二次大戦初期にどっかの国の大金持ちが自分の財産の疎開先として検討に検討を重ねた結果、当時戦地から最も遠い場所と思われたガダルカナル島を選んだ話好き 俺の父方の祖父は姫路の第十師団に配属されてルソン島の玉砕で戦死した
遺体も遺骨もない紙切れだけの死だった
戦地に赴く前に祖母が身ごもったのが父なので、父も自分も祖父のことは写真でしか知らない
ただ彼がいなければ今の自分はなかった
夏になると会ったことはない祖父の死を悼まずにはいられない >>61
俺んとのこジジイはアメリカの捕虜なったがバーボン飲みまくり麻雀三昧、飯は旨くて帰国してから朝食は毎朝パンを食べるぐらいには良くして貰ったぞ 爺ちゃんは中国で戦い生還、爺ちゃんの弟は南方で戦死
下士官だったもう1人の弟は国内勤務で終戦したが敗戦が
恥ずかしかったのか地元に帰らず部隊で友人だった大阪の
人の妹さんと結婚して大阪に永住だって…戦争って悲惨だね
@岩手 >>75
大和魂さえあれば全て事足りる
足らぬ足らぬは工夫が足らぬ 俺の爺さんは陸軍で満州勤務。
中国戦線→南方進出。
剣道が得意で、満州一の剣の使い手っていわれていたそうな。 >>1
餓島で10ヶ月も生き延びたんか?
>>4
インパールもな >>48
ガダルカナル戦ではなく日本軍では珍しいほど補給に意を裂いた
米軍の攻撃で片っ端から沈められたため届かなかったが輸送船の護衛も他の戦場じゃ比較にならないくらいつけていたし駆逐艦や潜水艦まで使って補給継続を試みた
ひどいのはポートモレスビー攻略戦やインパール作戦
はなからまともな補給計画がない 一木支隊 川口支隊の次に投入された
仙台第二師団だな >>61
まぁ日露戦争はまだよかったが太平洋戦争の頃のソ連は
日本兵をシベリアに抑留したからな
シベリア抑留された瀬島龍三も戦争犯罪って怒ってたし
まぁガダルカナル島で投入する陸軍がとことんやられ続けたから
日本陸軍初といってもいい退却が行われたんだけど
そのガダルカナル島退却の作戦を立てたのは瀬島龍三とも言われてるらしいな
もちろん日本陸軍に退却はないということで退却じゃなくて
転進という言葉が使われたようだが 分散してぼちぼち死ぬのは当たり前だが一気に一箇所に集中して流したらバランス崩れる。 >>4
餓死が多かったから餓島とも呼ばれてたんだっけ? >>16
唯一じゃないよ
ペリリューの戦い
日本軍
戦死者10,022
戦傷者446
アメリカ軍
戦死者2,336
戦傷者8,450
戦病者2,500 >>95
会津若松の第29連隊だな。
うちの爺さんは第65連隊だから、餓島に行かず中国で終戦だった。 >>103
会津は朝敵だから最も激しい戦地に送り込まれた >>105
旭川も農業しか出来ない北海道の田舎もんだからって理由で激戦地ばかり送り込まれた
旭川は最強の精鋭だけど元々はそういう理由 海軍が戦艦で対地砲撃したけど全く無意味だったり
二回目は砲撃すらできずに戦艦二隻その他多数喪失とか馬鹿すぎる >>101
スレチになってすまんが、日本軍の戦死者と戦傷者の割合が異常だよね、ベリリューは。大本営も米軍が毒ガス等を使ったのではないかと疑ったとか。
英語が話せて情報を取れそうな将兵以外は全員殺害したのが真相らしいが……。 >>110
負傷して国に帰れる米軍人と違い、負傷者は後送できず、捕虜になる前に手榴弾を渡されて自決だからなあ。 >>112
反目も何も
海軍「陸軍の一木支隊が壊滅したのは支隊指揮官のミスがあったからだ」
陸軍「海軍の情報では米兵は二千人しか居ないと言っていたのに蓋を開けたら一万人で
戦車もいるでは無いか、話にならん」 ちゃんと保管してるのがアメリカ先進国凄いよな
口臭黄猿東アジア土人改竄島国なら年末の大掃除で棄てちゃう 一緒に盗った金歯は返してくれなかったのか?
大叔父はこの作戦の生き残りで金の亡者だった >>100
食糧不足で餓死者が出まくったガダルカナル島(餓島)
同じく補給線断絶とマラリア等により餓死者や病死者が多かったブーゲンビル(ボーゲンビル)島(墓島) >>112
ガ島の陸軍部隊とラバウルの陸軍司令部や本土の大本営との間の通信を中継するために海軍は潜水艦を派遣したが
まだガ島の戦いが継続しているのに勝手に引き上げさせた
理由は「海軍は敵の戦艦や空母を沈めてこその海軍である。敵の艦隊が来たと言うのでそっちにいっただけ」
こんな話もある ウクライナはこんだけ死に物狂いで努力してから他国に支援を要求しろよ >>112
予算の取り合いとか仲が悪かったみたいだな
日露戦争の頃は陸海軍は協力してたようだが
学校育ちの軍人が増えたからかな >>120
日露戦争が終わると桂・ハリマン協定破棄など日米関係が悪くなるような事態が起き
「次はアメリカと戦争になるんじゃないか?」という予想が政治家や軍部、世論の間に広がり
「アメリカに負けたら男は金玉抜かれて北米大陸の炭鉱へ送られ、女は女学生から人妻までアメ公の肉便器にされる!」と不安を煽るような国士様まで出てくるようになる
↓
日露戦争が終わって予算確保のお題目が無くなった海軍の一部の派閥(後の艦隊派)はこの対米戦争の不安に乗じて
「今のままではアメリカに負ける!もっと戦艦を作ろう!」と建艦競争を煽る
↓
しかし実態は対米戦争を想定とか国防のためではなく
「新しい艦艇が増えたら新造艦の艦長、航海長などの幹部職の椅子が増え、更に新しい艦隊や戦隊の司令部(司令官や幕僚の椅子)も増やせれば海軍内部の派閥争いで優位に立てる」
という省益や派閥の利権確保のためだった
↓
無制限の建艦競争による日米関係の悪化や日米の戦力差の拡大、国家財政の圧迫を憂慮した日米協調路線派、海軍条約賛成派も艦隊派に対抗して声を上げたが
東郷平八郎や伏見宮博恭王を味方に付けた艦隊派はこれらの意見を「帝国の軍備増強を妨害する米英の工作員」「米英に与する反日売国奴」と糾弾し
海軍大臣に直訴して粛清人事を敢行し、日米協調路線派や条約派の人間を予備役送り、閑職送りにする(大角人事)
↓
満州事変、日華事変、国際連盟脱退、日独伊同盟締結、ABCD包囲陣、対日経済制裁などで本当に日米関係が悪化してくるが
「予算確保、利権のためだけに戦艦を増やしましたwアメリカに勝てっこねーだろw」なんて口が裂けても言えないので
「個人的には反対だが海軍としてはやれと言われればやる」「戦はやってみないとわからない」「今ならワンチャン勝てるかも?」と曖昧な意見しか出さず
明確に開戦反対を唱えなかった(艦隊派の力が強すぎて海軍大臣や軍令部総長など海軍の幹部ですらハッキリと「対米戦は反対」とは言えなかった)
↓
戦後になると海軍OBが回顧録や証言集などで
「実は海軍は太平洋戦争に反対していたのです!しかし大陸で暴走した陸助のバカや戦争を煽ったマスゴミや馬鹿な国民ガー」という海軍善玉論を流すようになる
前に別のスレにも書いたが海軍さんは大体こんな感じだった 陸軍は総力戦の観点から国力や国家のあり方など過剰なくらい考えていた
一方海軍は海軍の事しか考えず国力に全く見合わない過大な戦力を要求し、戦争が始まればシーレーンなどほったらかしでひたすら決戦ごっこ 石油石油で戦争に踏み切ったくせにタンカー護衛さえろくにしなかった >>125
日本海軍がお手本にした英国海軍では「英国本土と植民地の防衛」と「英国本土と植民地の間のシーレーン防衛」を海軍の2大任務として掲げていたが
日本海軍は創設から太平洋戦争開戦までの間に日本本土と植民地、占領地のシーレーン防衛をほとんど経験しなかったので
いつの間にかシーレーン防衛の概念が希薄になっていたと言われている
特に日露戦争での「日本海海戦の艦隊決戦で勝利を収めた」という成功体験が忘れられず
漸減邀撃作戦のように「日本近海に敵艦隊主力をおびき寄せ、一大艦隊決戦を敢行し雌雄を決する」ことに固執してしまった
あと海軍内部で出世するには「一にも二にも敵主力艦撃沈」が必要だったので
人事査定でも戦艦や空母を1隻沈めると100点くらい加算されるが、輸送船だと30点くらいしか加算されないので
輸送船攻撃や輸送船護衛を嫌がる海軍将校も多かったとか お爺さんや曾祖父さん、あるいはその兄弟(大叔父さんとか)が従軍していたという人は、親が生きているうちに「従軍証明書」を取得しておいた方がいいぞ。
うちの場合、爺さんが中国で転戦したり、大叔父さんがガダルカナル島に行ってたり、別の親戚は香港やシンガポール攻略に関わったり、また別の海軍の人は高雄に最後まで乗ってたりとかいろいろ知ることができて面白い。 >>68
死傷者って言葉の意味を知らないのでは?
そっとしておいてあげようよ >>72
栗林は確かに凄いけど、栗林の作戦はペリュリューの中川中将が考案実践した作戦を
参考にして、地下壕を構築して徹底持久戦に持ち込んだので、中川が凄いんだと思う
まぁ、その作戦はベトナム戦争にも受け継がれ、米国を苦しめる訳だけどw ガ島は海軍の戦略ミスだよな。
陸軍の兵隊さん達もたくさん亡くなられたが。 >>131
ミカン狩りに行ってミカンの皮だけ取ってきた神重徳が悪いな ガ島の日章旗は2枚目だね。
一木支隊の将校さんの日章旗も昨年
戻ってきてたはず うちのジーちゃんは志願兵だったけと会計係だったから余裕で生きて帰ってきた >>112
帝国陸海軍相争い、余力をもって米英と戦う
などと言われたものだ 一木支隊はたしか旭川の第7師団だよね。
ゴールデンカムイで有名だけど >>46
近接航空支援はちゃんと攻撃命令が出てからやるの!!
会社でも勝手に他の部署の仕事やったらだめでしょうがw >>131
海軍は陸軍が海軍の手助けが無いと戦争ができないところを決戦に選ぶ必要があった
そもそも対英米戦自体が日中戦争が長引いて
その解決に「今度は対ソ連戦だ!」って言い出した陸軍を抑えるために始まった戦争
ヒトラーみたいに好きなところ攻められるわけじゃない
組織的にも海軍は陸軍の下位にあるのが列強では普通なのが
日本だけが陸海軍が両立していた
だから対立も起こったわけだ 補給無いとどうやっても勝てないという戦国自体なら当たり前の戦いの鉄則を無視した旧日本軍のぽんこつ無能上層部たち。
あれで上位大学出とかどんな裏口入学してたんだか。 >>141
大本営を何だと思ってるんだ。実質的にはただの広報機関だぞ
ガダルカナルに関しては無能は海軍の軍令部と連合艦隊司令部
陸軍にルンガ飛行場(ヘンダーソン飛行場)奪還を懇願しておきながら補給も支援もろくにやらなかったからな
ちなみに、実はアメリカ側もガダルカナル島を支援するはずの第61任務部隊(フランク・J・フレッチャー少将)が
めちゃくちゃ消極的で
水上偵察機見ただけで輸送船護衛放り出して逃げるを繰り返してたので海兵隊指揮官のヴァンデグリフト少将や
ヘンダーソン基地司令のマッケーン少将がキレ散らかしてたりする >>139
日露戦争の旅順で203高地東北部山頂を占領したのも同じ旭川第28連隊 >>4
ニューギニア戦線 戦死・行方不明 約18万名
フィリピン戦線 戦死・行方不明 約51万8000名
シナ大陸戦線 戦死・行方不明 約50万名。
いずれも戦争全期間における損害 >>15
USSダンカンは1942年、サボ島沖で日本艦隊と交戦し沈没。 >>139
一木支隊2500人は作戦前に事前に以下の敵情報受けていた
・敵は沿岸警備隊含めて歩兵2000人
・ガ島からの脱出を検討して逃げ足である
↓突撃してみると現実は
・米海兵隊第一師団の10000人
・鉄条網やトーチカを備えた防御陣地に生身で正面攻撃
・75ミリ榴弾砲とM2機関銃による十字砲火
・戦車や空から急降下爆撃機による攻撃
結果は一木支隊全滅 >>147
203高地の指揮官が乃木希典じゃなかったら、死傷者はもっと少なかったよね
乃木希典が無能だったばかりに乃木の息子2人とも死んじゃって、後に夫婦で自殺とか悲惨だよ
その乃木にそそのかされて軍隊に入っちゃって硫黄島で戦死した金メダリストのバロン西も可哀想
乃木はろくな事してねーわ >>31
一木支隊は1942年8月21日ガダルカナル島に上陸直後、待ち構えていた米
軍の圧倒的砲火によって全滅、一木支隊長も戦死した。
しかし一木支隊は同日深夜、旭川第七師団兵営に全員帰還している。 >>149
しかも同士討ちだから悲惨。水雷突撃して反転したところを重巡ボイシ、ソルトレークシティから日本艦と勘違いされて集中砲火を浴びて沈没 どうせアメ公が日本兵の頭蓋骨やら将校の日本刀やらと一緒に戦争土産として持ち帰ったものだろう。こっちも白豚だ黒豚だと言って米兵の人肉食ってる。 >>153
日本側は米艦を味方艦と勘違いしてたのに >>150
ガダルカナル島に米軍が上陸したときに偵察に飛んだ一式陸攻の機長(関根精次氏)は「輸送船80隻」と報告したのに、司令部の判断は「多くても40隻」「小部隊の偵察上陸だろう」……初動から敵を過小評価する海軍には呆れてしまう >>10
まあ沖縄にいたはずなのに転属したからな
第32軍の上級司令部が第10方面軍だったせいだが 似非ウヨクの朝鮮カルト売国奴が薄っぺらい涙流して背乗りする材料だなあwwwwwww
アイコック!しこしこしこおおおおおおおおおおおおおおおおwwwwwwwwwwwww
涙流してるウリは凄い!凄いウリ!アイコックしたぁwww >>151
あれ以上のことが当時の知識と技術でできたかというとかなり難しかったんじゃないかと >>151
乃木勝典は奥の第二軍所属で、勝典の戦死に乃木は全く関係していない >>151
それもろ司馬史観。近年は近代の塹壕戦の手本で評価されてる。五十六が有能説流したのは阿川佐和子の親父。作家の好き嫌いで有能無能が決まるのはなんだかなー。 クッ・・・!
陸海軍上層部が無能ばかりで構成されていなければ・・・ >>155
アメリカ側も指揮官は味方と勘違いしてたんだぞ
だが、絶望的に人望と統率力がなかったせいで部下の艦長達が勝手に戦端開いてしまった
そして後の第三次ソロモン海戦には副司令としてアトランタに乗艦し参加
旗艦サンフランシスコに艦橋誤射されて戦死。死んだ人間を悪く言いにくいのでエスペランス岬(サボ島沖)での騒動はあまり検証されてない >>166
青葉を救援しようと敵艦との間に割って入った古鷹爆死
反対側に転舵した衣笠だけ反撃できたんだっけ 子供の頃から思ってたけど、日本の夏ってなんか暗いよね
お盆は置いといても、原爆やら終戦記念日やらそこに至るまでの多くの犠牲者の方たち…
ほんとは夏休みで楽しいはずなのになんかじめっとした感じを祖父母から感じてた 南洋と大陸で亡くなった祖先の霊が還る
ご苦労様でした 一木大佐は偵察の段階で
攻撃は無謀と判断したらしいな
ただラバウルの17軍司令部との無線中継する
潜水艦がいなくなり交信不能
負けを知りつつ命令どうり凸撃した 話違うけど芸名で地名やら料理名はNGにしてほしい
別にガダルカナルタカが嫌いとかじゃないけど最初に顔が浮かんでしまうのが鬱陶しい ttps://www.c-span.org/video/?300576-1/battle-guadalcanal >>165
第三次ソロモン海戦ではスコット少将が指揮官でキャラハン少将が次席
指揮官では?キャラハンも敵味方を誤認していたし。 >>100
後の宇宙世紀0083 ガトー少佐の謂れである ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています