中央最低賃金審議会が1日示した令和4年度の最低賃金引き上げ額の目安は、労使間の対立で決着が8月にずれ込み、政府目標に沿った形で水準を伸ばす「官製賃上げ」の限界が露呈した。年3%程度の増額を平成28年度から繰り返してきたことで、企業に蓄積された負担感は大きい。来年度以降は円滑な引き上げを実現するためにも、企業の賃上げ余力を向上させる成長戦略が併せて必要になる。

大阪府内のゴム製品メーカー幹部は「原材料価格の高騰で景気は本当に悪くなった。賃上げしたいのはもちろんだが、行政が決めるのではなく、企業の裁量に任せてほしい」と漏らす。

企業は最低賃金法に基づき都道府県ごとの賃金基準を守る義務がある。日本商工会議所と東京商工会議所の調査では、最低賃金を30円引き上げた場合には65・7%の企業が経営に影響があり、主に設備投資の抑制や正社員の残業時間削減などで対応すると答えた。4年度の目安は過去最大の31円と初めて30円の大台を超え、企業の影響は大きい。

政府は平成27年に策定した「1億総活躍社会」実現に向けた緊急対策で、最低賃金を毎年3%ずつ引き上げ、全国加重平均で1千円を目指すと明記。28年度以降の引き上げ幅は新型コロナウイルス禍の令和2年度を除き毎年3%台で推移しており、官製賃上げが続く。

最低賃金引き上げの影響は、この7年間で拡大してきた。厚労省の調査では、改定後に賃上げが必要な労働者の割合は長年一桁台で推移してきたが、官製賃上げが始まった平成28年度には11・1%と二桁に乗せ、令和3年度には16・2%まで高まった。最低賃金を上回る給料を支払ってきた企業までが徐々に飲み込まれ、人件費負担の増加に苦しんでいる様子がうかがえる。

日本の賃金水準は欧米に比べて大きく見劣りしており、正規・非正規の賃金格差を改善する意味でも最低賃金を引き上げる社会的意義は大きい。だが、政府が財政支出を伴わずに賃金水準を引き上げられる最低賃金を〝便利使い〟したことで、企業の納得を得にくい構図が定着してしまった。

経済同友会の桜田謙悟代表幹事は政府目標の1千円を目指して最低賃金を引き上げること自体は賛成だとしつつ、賃金が伸びない背景にある企業の生産性低迷について「メスを入れるべきだ」と強調する。賃上げを軌道に乗せるには、付け焼刃ではない日本経済の競争力強化策がまず必要だ。(田辺裕晶)

産経新聞 2022/8/1 23:57
https://www.sankei.com/article/20220801-6ECDDT46CVJR3CP7UMBZTEZL44/