この数年、進学先として「医学部」を選ぶ高校生が急増している。評論家の八幡和郎さんは「医師は経済的、社会的にオイシイ職業だから、そうした進路を選ぶのは理解できる。しかし、優秀な理系人材が医学部に集中すれば、日本経済の低迷を加速させることになる」という――。

■医師はいちばん安定して、オイシイ仕事

 「医学部の偏差値を他の理工系学部並みにできたら、日本経済のさまざまな問題はだいたい片付くし、医療の質も改善する」と、私は昭和の終わりごろから主張し続けている。

 戦後、医学部の偏差値は一貫して上がり続け、いまや東大、京大の他学部の偏差値より、かなりの地方大学の医学部のほうが高い。日本では医師がいちばん安定して、しかも、オイシイ仕事だからだ。

 「医師会をバックにした開業医がオイシイだけで、勤務医は違う」という人もいるが、医師の半分以上は一生勤務医であり、医学部人気は勤務医になることを前提としている。それに、開業医だけでなく勤務医でも、自分の子供を医学部に入れたがる割合が他の仕事よりはるかに高い。これは、勤務医にとっても医師が「自分の子供にさせたい良い仕事」である証拠だ。

 医学部の医師国家試験合格率は非常に高いため、18歳で医学部に合格すれば、たいてい医師になれる。官僚、弁護士、銀行員、ジャーナリスト、女子アナ、客室乗務員などに確実になれる学部があれば偏差値は高くなるだろうが、そんな学部はない。就職とは、22歳の段階で本人が自分に向いた仕事かどうか考え、そのうえ採用する側が適性を見極めて採用することで決まるものであることと比べるとアンバランスだ。

■食いはぐれがなく、復職のハードルが低い

 企業などに就職してからも好きな分野の仕事をさせてもらえるとは限らず、勤務地も希望通りとはいかないが、医師は自由度が高い。地方での医師不足とか、産婦人科医がいないことが問題となっているのは、大きな組織が人事の一環として、人材配置をする制度が整っていないからだ。

 医師免許がないとできない業務が多いから、超高齢とか問題がある医師でも食いはぐれがなく、育児のために何十年間、休んでいてもそれなりの待遇で復職できる。

(中略)

■世界の優秀な理系人材はITや先端産業へ

 理系の優秀な人材が医学部に流れ過ぎているのも問題だ。いまの世界で最も優秀な若者が必要なのはIT、先端産業、金融工学などであり、アメリカでも中国でもそうした業種に野心的に向かっているのに、日本の優秀な若者が目指す職業が安全・有利な医師では、国の未来は真っ暗だ。

 とくに、地方では地元にとどまりたいなら医師ということになって、企業経営者まで男女問わず子供を医学部に行かせて安泰を図ることが多い。地域経済にとっても致命的に困った事態だ。

 大手四予備校の来春の入試の予想偏差値(サンデー毎日2022年11月13・20日)を見ると、東京大学理III(全員が医学部医学科へ進級)と京都大学医学部はずぬけているが、東京医科歯科大学、千葉大学、横浜市立大学、山梨大学、大阪大学などの医学部も、東京大学理I・理IIと同水準だし、54ある国公立医学部のだいたい半分が京都大学理学部・工学部と同水準ないしそれ以上だ。

 京都大学は入試が学科ごとに細分化されているので、工学部で最難関の情報工学科は東大理I並みだが、工学部の人気がない学科は最下位クラスの国公立医学部と同水準だし、他の旧帝大の理工系学部は最低ランクの医学部より低い。

(中略)

■数学や英語のデキる学生の無駄遣い

 医学部に合格するためには、点数差がつきやすい数学・英語で高い点数が求められるのに、入学後は他の理工系学部に比べて高度な数学や語学を使う機会が少ない。これは非常にもったいない。

 医学部では、早期に専門教育を始めて(医局で即戦力として使いたいとか医師国家試験の合格率を上げるため)、リベラル・アーツ(一般教養)をおろそかにする傾向がある。その結果、臨床医を「促成栽培」できる一方で、数学の知識が必要になるデータ解析などはひどく苦手になっているのは、新型コロナ禍でも指摘されたところだ。

 医学部教育の問題点を横に置いても、経済やテクノロジー系に比べて、医学が高度な英語や数学の知識を必要とする分野とは言いがたく、行きすぎた医学部指向は、人的資源の無駄遣いでもある。比重としては体力や医療への情熱がもっと重視されるべきだ。

 しかも、優秀な人材を集めているのに、日本の医療はうまくいってない。

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