2022年12月25日 06時00分

 言葉で気持ちを伝えることが苦手だったり、介助が必要だったりする障害者が性のトラブルの当事者になるケースが後を絶たない。性に関する知識が乏しく、被害を受けた後に訴えられないこともある。日本の障害者への性教育を巡っては、国連から改善を求める勧告も出ている。識者は「障害者にも特性に応じた性教育をすべきなのに、障害者の恋愛や妊娠が想定されていない」と指摘している。 (鈴木みのり) 

◆「誰に相談すればいいか」分からないまま身ごもった末…

 「妊娠しない方法は知らなかった」。11月中旬、千葉地裁の小法廷。出産したばかりの男児を殺害したとして、殺人の罪に問われた知的障害の女性(24)がとつとつと語り始めた。 

 千葉県内の障害者グループホームで暮らすこの女性には、同じく知的障害のある同い年の彼氏がいた。性交渉の際には1度も避妊せず、妊娠した。

 「妊娠を誰に何と相談すればよいのか分からなかった」。女性はグループホームのトイレで産気づき、自力で出産。パニックになり、そのまま2階窓から嬰児えいじを投げ落としたという。 

 公判では、性に関する知識がほとんどないことが明らかになった。「コンドームを知っていますか」との問いかけには「分かりません」。妊娠後も彼氏の誘いを断り切れず、性交渉に応じた。かつて特別支援学校高等部に通っていた女性はこう述べた。「性教育の授業はあったが、内容はまったく覚えていません」

 判決では、知的障害の影響を考慮し、懲役3年、保護観察付き執行猶予5年が言い渡された。

◆障害者に対する性教育は「性交や妊娠に触れず不十分」

 障害者の性に詳しい日本福祉大の木全和巳教授(社会福祉学)は「障害者が性被害に巻き込まれる確率は総じて高い」と語る。知的障害に限らず、発達障害の人が自己肯定感の低さから相手の誘いに安易に応じてしまったり、体の不自由な身体障害者が弱みにつけこまれ、自宅までつけられたりすることもあるという。 

 内閣府が2017年度、若年層の性暴力に関する相談・支援を担う団体にアンケートしたところ、性被害の報告事例268件中、被害者に「障害があった」は70件で、「なかった」の57件を上回った。 

 一方、学校などでの障害者に対する性教育は、内容が乏しいという。木全氏は「特別支援学校ではプライベートゾーン(胸やお尻など)や生理、体の仕組みを教える程度。性交や妊娠に触れず、単に異性と距離を取るように促す教育になっていて不十分だ」と話す。

◆弱い立場で断りづらく 「性暴力は不当と教える必要ある」
 障害者の性被害を防ぐために教育の重要性を説くのは、DPI女性障害者ネットワークの藤原久美子代表だ。

 性被害に遭う構図について「介助する側とされる側の間で上下関係が生まれやすい。弱い立場の障害者は誘いを断りづらく、相手もそこにつけこむケースが多い」と分析する。

 その上で、障害者が被害を訴えられない場合もあり、「自分を大切にすることや性暴力は不当ということを、教える必要がある」と強調。言葉での理解が難しい知的障害者には「人形を使うなど工夫を凝らし、目で見て分かるような形で教えることが大切だ」と話す。

 ただ、こうした教育をした教師がバッシングされたことも。2003年に都立七生養護学校(当時)の教員が知的障害のある子らに、性器の付いた手作り人形を用いて授業していたところ、都教育委員会から「過激だ」として処分された。

◆北海道では不妊処置求められるケースも

 12月中旬には、北海道江差町のグループホームで結婚を希望する知的障害者が不妊処置を求められていたことも発覚した。藤原さんは「障害者が恋愛や性交渉をすることを社会が想定していない。『障害者が産み育てることは無理だ』という旧優生保護法の思想が残っている」と訴える。

 日本のなおざりな性教育は、国際社会からもチェックされている。9月、国連の障害者権利委員会は日本政府に対し、すべての障害者、特に性被害に遭いやすい女性の障害者に「包括的性教育」をするよう求めた。生殖の仕組みだけでなく、性暴力の回避方法やジェンダー平等など、人権尊重を基盤にした幅広いテーマを発達段階に応じて学ぶ教育のことで、国際的なスタンダードとなっている。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/221922