安倍晋三元首相が、奈良市での参院選の街頭演説中に凶弾に倒れてから、5カ月以上が過ぎた。奈良地検は、容疑者の事件当時の精神状態を調べるため、鑑定留置を実施してきたが、年明けにも起訴する方針を固めたようだ。外交・安全保障や経済、教育など幅広い分野で多大な功績を残した世界的リーダーが、民主主義の根幹である選挙期間中に暗殺されるという衝撃的事件。容疑者の動機や犯行経緯、背後関係など、いまだに数多くの謎が残されている。

「法に触れる行為はすべて捜査するし、立件すべきものは当然する」

奈良県警幹部はこう語ったという。憲政史上最長の8年8カ月にわたって首相の重責を担い、国際的評価の高かった安倍氏への襲撃を防げなかった警察当局への風当たりは強い。全容解明は至上命題だ。

事件は不可解な点が多い。その1つが「動機」だ。

山上徹也容疑者(42)は事件直後、「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に母親が献金を繰り返して家庭が崩壊した」と供述した。恨みを晴らすため、教団トップを襲撃しようとしたが頓挫し、教団と密接な関係がある安倍氏を狙ったという説明だ。

だが、安倍政権時代の2018年、消費者契約法が改正されて、霊感商法が取り消せるようになるなど、安倍氏と教団の関係は深くないという指摘もある。動機には飛躍が感じられる。

それだけに、「第三者の介在や関与、影響」があったのではという疑いは残る。安倍氏は「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱するなど、日本の外交的プレゼンスを高め、防衛力強化を主導してきた。拉致問題解決に取り組み、憲法改正も訴え続けてきた。事件の直前には、台湾訪問が内定していた。

日本の当局は特別調査班を編成し、情報収集・分析を進めた。現時点で、明確な関与の痕跡はないとされるが、警察や公安の幹部は「あらゆる疑いを排除しない」と語る。

「消えた弾丸」の問題もある。

安倍氏には銃弾2発が当たったが1発が行方不明だ。県警は「事実関係の立証に支障はない」とするが、重要な物証が消えたことは確かだ。

「遺体の所見」にも食い違いがある。

安倍氏が緊急搬送された奈良県立医科大学付属病院は、事件直後の記者会見で、死因は失血死とみられると説明した。弾は首から入り心臓や胸の大血管を損傷、左肩にも、弾が貫通したとみられる傷が1つあったという。

これに対し、県警は司法解剖の結果、死因は左上腕部を撃たれて動脈を損傷したことによる失血死だと発表した。

両者の説明は、弾が命中した部位に齟齬(そご)があるとも取れることから、ネットを中心に「容疑者以外にも銃撃した人物がいたのではないか」という考察につながった。

「手製の銃」にも疑問がある。

銃身を2本まとめた構造で、引き金を引くと片方の銃身から6個の弾が発射される仕組みだった。現場から約90メートルの建物では、弾痕が壁面にめり込んでいるのが見つかり、相当な威力があったようだ。

容疑者は目的を悟られずに材料を集め、ネット情報をもとに銃を自作したとされる。自宅からは手製銃7丁も見つかっている。事件直前まで、大音量を出す試射を繰り返したとされる。襲撃前日(7月7日)未明には、奈良市にある教団関係施設で試射するなど、大胆な行動もあったというが、警察は不審な動きをつかんでいなかった。

事件後、警備検証の動きが急速に進んだ。産経新聞によると、安倍氏の演説前に作成した奈良県警の警護警備計画書などを情報公開請求したところ、多くが黒塗りだった。所轄警察署の計画書では、幹部の決裁印がない箇所もあり、急ごしらえで作成した可能性があるという。警備は杜撰(ずさん)だったのだ。

容疑者の鑑定留置が長く続いたためか、暗殺事件の全容を解明する報道は少なく、憶測や誤った情報によるトラブルも起きている。真相は公判で明かされるのか。

ある政府関係者は「未曾有の大事件で、国民の不安も大きい。警察の捜査とは別に、政府主導などによる事件の検証・報告が必要かもしれない」と語った。

https://www.zakzak.co.jp/article/20221228-G7YFEU4SSZNKXD6KPSEZL7FQEY/