【江戸時代】武士に広がった「格差社会」 洒落本や春画の「貸本屋」が人気だった切実な事情 [家カエル★]
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江戸時代の武士に広がった「格差社会」 洒落本や春画の「貸本屋」が人気だった切実な事情
AERA2023/01/02 18:00安藤優一郎
https://dot.asahi.com/dot/2022122700085.html
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週刊朝日ムック『歴史道【別冊SPECIAL】そうだったのか!江戸時代の暮らし』から(イラスト/さとうただし)
武士全体の9割以上を占めていたという四十九石以下の下級武士たち。
限られた収入の中、分相応の生活を営み、愉しんでいたという。
週刊朝日ムック『歴史道【別冊SPECIAL】そうだったのか!江戸時代の暮らし』では、江戸三百藩の暮らしと仕事を解説。
ここでは下級武士たちの「普通の生活」事情を紹介する。
江戸時代の日本の人口の5%にしか過ぎない武士は士農工商という身分制度を後ろ盾にする形で社会に君臨していたが、
一口に武士といっても格差は大きかった。
特に経済面の差は甚だしかった。
幕府に仕える幕臣は、将軍への拝謁資格を持つか否かで旗本と御家人に大別される。
慶応四年(1868)の数字によれば旗本の数は約6000人、御家人の数は2万6000人だった。
下級武士の御家人が幕臣の大半を占めていたのは同じである。
御家人の場合、ほとんどは四十九俵以下の小禄にとどまったが、それでは家族を養うのは難しく、内職は不可欠だった。
正規社員の家来はもちろん、非正規社員の奉公人を雇うことも無理だった。
上級武士の旗本ともなれば奉公人を雇えたが、武家奉公人には若党、足軽、中間、小者などがいた。
もともとは農民や町人身分だが、武家に奉公することで、最下級ではあるものの武士身分に組み入れられた。
旗本はもちろん、御家人も正式の場に出る時は槍持ち、草履取り、挟箱持ちなどの御供を連れることが義務付けられていた。
そうした時、口入屋から農民や町人を武家奉公人として雇い、上絵のような出で立ちで御供させたのである。
■江戸に慣れない田舎侍が楽しんだ娯楽の数々
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https://dot.asahi.com/print_image/index.html?photo=2021041600059_2&image=2 そりゃ昔は酷え格差あったに決まってんだろ
馬鹿じゃねえのか まあ格差の無い社会なんてありえんわな
殺すか殺されるかの戦国時代よりマシじゃろう でアカヒほ格差の何が気に食わないの?
共産主義革命起こせと煽ってるの? 士農工商とはいうけど
現実は士>>>>商>>>その他だからな >>9
俺は
殿様 > 商 > 武 > 工 > 農
だと思っていたよ その辺より一膳飯屋のメニューとか生活に取り入れてみたくなるような庶民の話を聞かせてくれよ 幕府も・・・財政は 火の車だったからの\(^o^)/オワタ
無駄づかいしすぎやねん~~(●^o^●)ほえ~ 49石以下の最下層の武士たちだが
将軍にお目見えが許されない御家人たちは、ほとんどが知行地をもたず。
給与として米をもらって生活していた。
仕事人の中村主水あたりも、この御家人ではあるが
彼は同心だったから、商人などからへの付け届けとかもあり
与力・同心は、武士の間では、犯罪者に関わるから不浄の者として忌避されていたが
金銭的にはけっこう裕福だったそうだ 女がほとんどいなかったって言うから
ホモばっかりだったんだな >>12
場所によっては
工 > 士
だった。
侍の依頼をむげに断る職人の話とかざらに残ってる 武士なんか参勤交代で借金まみれで商人に頭上がらなかったからな >>7
> 当時インターネットも遅かった
四十郎「ヘイ!カージー殿」 経済に疎いからしょうがない
米だけは年貢で入ってくるが米しかないんだもんな >>20
いつの時代も 見栄のために・・・借金\(^o^)/オワタ 製紙技術も印刷技術も未発達な時代に本を安価に大量生産できるわけがない 実際は士農工商など江戸時代にはなかった。
身分制度として上げられたのは明治政府から。 >>24
自分の領地持っててマトモに年貢入ってくる武士なんてほんの一握り >>24
だから米と貨幣を媒介する市場システムが発展したんだろうな。 >>19
北斎がどこぞの武家の屏風を依頼されたのにいつまでたっても手を付けないから催促されてヘソ曲げた話あったな >>19
金払いが悪い奴が多かったからな
身分は上だけど、江戸時代は近世社会で、もうがっつり資本主義の世界 >>25
大名行列用の道具と人員のレンタル業が大盛況だったんだぜw なぜ武士は江戸時代が下るにつれ困窮したのか
武士は役付きにならなければ基本的に昇給雅なかったからだ
たとえインフォメーションであってもだ 洒落本や春画、黄表紙本の類は町人の娯楽だろ。
武士階級だけでなく一般庶民のの識字率も80%超えていた江戸の町だからこそ
あれだけの出版業が成立した。 事前に家紋入れたり用意しないといけないから
早い藩だと1年以上前から参勤交代の大名行列用手配をしていたw 「金がないから寿司か蕎麦切りくらいしか食えない」と下級武士の嘆く様子が文献に残されている そこらの武士より古くからの豪族の系譜な豪農や郷士のほうが裕福だったというw
藩の殿様が頭下げて地域の統治に協力してもらうというそんな弱い社長業と化していたw >>25
見栄のための借金というよりは、見栄を整えることを幕府が
強制することによって諸藩の経済力を抑制していた。 >>32
大名行列の人を 日雇いアルバイトで募集してたんだよね(`・∀・´)エッヘン!!
参勤交代・・・
まさに・・・大名に散財させて・・・庶民にお金が行き届くようにする
元祖!!トリクルダウンがここに!!(`・∀・´)エッヘン!! 商業経済の発達で、元禄以降、武士の財政は破綻に向かう
今の日本とそっくり >>37
江戸には様々な代行業レンタル業があって
江戸に入る宿場町にはエキストラ派遣の業者が営業していたらしいな >>41
まさに・・・トリクルダウン!!(`・∀・´)エッヘン!!
よーっし!!
令和の・・・参勤交代 復活させるか!!(●^o^●) >>4
御家人たちのほとんどは知行地をもたないで、蔵米取と言われる
給与して幕府からもらう米で生計を建てていた
家禄の上限は300石で、一番下は四両一人扶持
江戸庶民の年収は7-10両くらいはあったそうだから
最下層の武士が如何に薄給だったかわかる
これでは家族を養う事は出来ないので、幕府から下賜された館を人に貸して家賃をもらったり
家庭菜園や内職を行って生活していたそうだ
それでも、こうした武士たちは、何か幕府の公共事業があれば、その費用を出すことになった
もともと戦国時代は下級武士たちが自ら公共事業を行っていたが
時代が安定すると専門業者が登場し、そうした業者に委ねるようになったから、金を出す必要があり
それだけにかなり苦しかったそうだ >>47
米の価値と何度も減給があった
実際御家人株売り払う例が後を絶たなかった 参勤交代のピークシーズンになると毎日のように大名家の行列が到着していたが、かち合ったら江戸入りは大名の格式が高い家が優先になっていた
しかし期限の問題で先に登城挨拶しなければならない格下の大名家はかち合った大名家に贈答品を送り遅延してもらったそうだ >>40
幕末には武士の身分を商人や豪農に売却するのが横行してたくらいだからな 何でも貨幣化する商業経済になると
農本経済の武士が地獄になるのは当たり前だ
この変化に気づかないキチガイが幕府や諸藩だった >>5
図書館ってまだまだ利用してる人が居るのね。
たまに図書館の近くを通ると結構人が来てる。 >>52
現代の列車運行ダイヤグラムに通じる運転整理だね 借金だらけの幕府財政を、見事に引き継がなかった明治政府
明治の躍進につながるね >>25
大名行列は金がかかって大変だったけど
大名と一部の上級旗本だけに許された特権でもあったんだよ
ほとんどの旗本御家人は江戸住まいを義務付けられていて
名目上の領地に一生足を踏み入れることさえできなかった
参勤交代はあくまで家臣集住政策の例外 >>33
根本原因は武士の数が多すぎた
記事では慶応四年(1868)の数字によれば旗本の数は約6000人、御家人の数は2万6000人となっているが
宝永年間(1704-1710)では御家人は17000人
つまり明らかに増えていた
もともと武士の数は多すぎたのに、時代が下るとさらに増えたのだ
それは余計に苦しくなる >>59
幕府や諸藩が商人に対して負っていた債務ってどう処理されたの? 派遣並みの職場で
派遣より少ない収入なので
漫画単行本買えないから
ゲオ、TSUTAYAレンタルを月に新作メインで100冊くらい位してるわ
かならず返すから積ん読しなくてすむし、置き場に困らないな 例えば水野忠邦は幕府財政の悪化原因は商人と奢侈だとして
1 商業弾圧
2 大増税
3 貨幣改悪
を実行
当然だがますます武家財政は破綻を深めた
こういうキチガイが運営してたのが幕府 徳川吉宗 質素倹約、食事は一日二食の「一汁三菜」 リフレ派は一掃 >>59
武士を無くして藩も無くした。
そのために恨まれて暗殺された大久保利通は真の政治家だった。
今だったら上級国民の身分剥奪、収入剥奪をやるようなもの。 加賀100万石の 前田利家も
チョー倹約家ですた(`・∀・´)エッヘン!! 武士は威張れたが金がなかった
商人は金はあったが他の身分から差別されていた >>45
この反日YouTuberが今このスレをYouTubeの生配信で晒してます
ID:vRiSVueQ0 NG推奨
反日YouTuberすずきちゃん
スレに書き込む様子を顔出ししながらYouTube生配信中↓
https://youtu.be/QLEENoLxkMA >>33
米本位制なのに
米が取れすぎて兌換価値下がったから
農業技術躍進して収穫が増え、
新田開発、品種改良もなされた
米輸出しないから内需以上にとれて余った >>69
返済期限99年間なんて無茶苦茶やった某藩なんかも >>62
廃藩置県でほとんど切り捨て
直近の藩の債務のみ明治政府が引き継ぐが返済期間は50年
徳川幕府絡みの借金は引き継がずとかじゃなかったかな
特に大坂の両替商人は破産が相次いだそうだ >>73
増税したくてもできなかったしなあ
無理に増税したらお取り潰しになる 仕事人の中村主水、貧乏そうに
見えて結構良い給料なんだよな。 切腹しようにも刀はとっくの昔に質流れしてて、
腰の竹光だと切腹もできず。恥をさらして生きてたらしいしな。 >>69
>>75
えげつないねぇ。革命に準ずるドサクサだからこそできたんだろうなぁ。 >>32
時代劇で見たことがある
地元と江戸付近でだけ人を雇って参勤交代の列を立派に見せる涙ぐましい姿を
あれは大体本当の事だったんだな >>62
債権のほとんどが大阪商人だったけど踏み倒したよ?w
薩長明治政府も旧幕勢力討伐で戦費使い過ぎて
埋蔵金どこじゃあ!って探したけど出てこなくて危機に陥ったw
そこで大阪商人に東京作る金出させて天皇の首置いておけば
反乱も起きないで何とかなるんじゃね?で現在に至るw >>3
武士は嫁を質にいれてでも遊郭
町民は春画で自家発電 >>73
米の収穫量が増えたら、
そのぶん人口が増えて米の需要が増えて、
結果米の価格は下がらないはずだけど
定期的な飢饉で強制削減されたのが辛かったか >>84
一方で維新後に投げ売りされた東京の大名屋敷を二束三文の値段で買い取って大きくなった商人たちもいた >>64
インフレ抑制失敗は今の政府もそうだけどな
貨幣改鋳ならいつもやってること
流通貨幣増大するから現代的には正しい施策(当時はお上の暴挙扱い)
家康の遠い親戚一族だから
驕ったのかなあ >>9
士の中でも、殿様と下級武士で天と地の格差あるし、身分は下でも成功した商なら下級はもちろん上の身分の武士を凌駕する金銭を所持していただろうし、同じ商人でも江戸住みなら、窮屈な土地に押し込められて江戸の7割の土地を占有していた武士との身分の差を実感せざるを得なかっただろうけど、大坂の商人なら、武士なんかほとんど居なくて、身分の差をひしひしと感じさせられる場面は少なかっただろうし、農村での暮らしなら日常生活では武士も商人も外の世界の存在で、水田や畑をいっぱい持っていて、小作農に働かせる大地主がヒエラルキーのトップで士農工商の士に当たるような存在だっただろうし、士農工商の序列の正否も含めて、様々な場面、状況で、実際に人々が感じられるものは違ったはず。 貨幣経済への「巻き込み」という現象で説明できる
参勤交代の莫大な諸費用(財とサービス)には貨幣が必要
そうだとすれば当然、貴重な貨幣の備蓄に常に必死となるから米の交換はどんどん不利になっていく
ちなみに不作の時期には米を放出しないので逆に米価が上がるわけだが
江戸期には新田開発で米の供給は一般的に増えていた
参勤交代などの莫大な費用を削れば大丈夫かと言えば
そもそも町人経済も貨幣経済である以上、常に貨幣が絶対的優位に立つので、長期的に武家財政が悪化するのは避けられない
ここからの単純な結論は
商業経済を全滅させる以外に武家を救う道は無いことになり
キチガイで有名な水野忠邦のように商業弾圧を始める者まで居た
ちなみに正解は、イギリスのように商人を支配階級に組み込んで貴族ごと商業資本化すれば良かったのである
イギリスのジェントリーとは貴族の官位を貰った富裕商人のことである この反日YouTuberが今このスレをYouTubeの生配信で晒してます
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反日YouTuberすずきちゃん
スレに書き込む様子を顔出ししながらYouTube生配信中↓
tps://youtu.be/QLEENoLxkMA 人を卑しめて言うさんぴんは一年の扶持が三両一分のド貧乏なことから これマメな 今の時代1石も稼げない連中でも月3000円ぐらいのネット代払えばエロ検索できるから幸せだな 封建社会の江戸時代や絶対王政の中世ヨーロッパでも貨幣改鋳したらインフレが起こってたのに共産主義の中国なら起こらないとか思ってるアホもいるし 武士は今で言う地方公務員
現代同様に武士の副業は禁止だし 一石は1人の人間が1年間に食べる米の量で150kgくらいで50石もあれば余裕と思うが実際には田畑だけじゃなく宅地とかまで入っていて実態はもっと少ないんだってね 先祖代々受け継ぐ俸禄は変わらないのに 物価は上がる
武士は構造的に貧乏になるしかなかった 悪貨が良貨を駆逐する事が理解できるようになったのは
吉宗と大岡越前守のおかげな。 >>101
藩による
尾張藩は藩士の副業奨励だったので
明治以降も商売で生き残った武家も多かった
今でも在名の古い会社では
立ち去り挨拶言葉が「ご無礼します」 これといった生産をしていないとい意味では武士=公務員でいいよな
郵便局員もほぼ旧武士の雇用確保のため 商業資本的な発想が武家財政にほぼゼロであるのが致命的に痛かった
上杉鷹山、山田方谷といったごく少数の偉人はこのことに気付いていたが
幕府中枢はバカしか居なかった 図書館の予約状況みると1000円しない本が6ヶ月待ちとか
マジで氏ねよ >>71
それ戦後左翼の嘘だろ。
圧倒的に商が1番。
金次第で武士身分買える時点で分かるだろ?
威張れるのも圧倒的頂点に君臨するトップオブトップの武士だけ。
あとは商と同等かヘイコラするだけ。 江戸時代の 全国 米 石高は~~
3000万石 ・・・ 米 450トンでっす~~(`・∀・´)エッヘン!! >>100
華族は一部以外貧乏だったぞ
金持ちだったのは富裕市民
麻生太郎の先祖も >>107
吉宗の経済政策は失敗続き
なのに評価されるのは、都知事なみの権限もった奉行、大岡忠相の都市政策が良かったから >>111
新刊読みたいだけかよ
働けばいいのでは >>112
嘘では無いだろ
ウヨが大好きな「特権」があるのだからw でもねー
日本人にはへんかの少ない封建社会のほうがあってるだよ、嫁さん探す手間もはぶけるし
正直言っていまの日本人では自由経済や自由恋愛には対応できないじゃないかな >>113
ちなみに~
現在の日本 全国 米 収穫量は
860万トン
つまり・・・ 5700万石 でっす~~(^_^)v 刀持ってたら武士という超緩いものになり果ててたからなw
自らの領地を守ってきた古来からの武家とかそれこそ土着した豪農郷士になってたしw >>112
儒教においては商人とは盗っ人同義
なにせ滅んだ商国の残党が語源
だから経済分からない
(例外、坂本龍馬の実家才谷屋は土佐藩城下でもでかい商家で、郷士株かったから、そこらの貧乏上級武士より豊かだった) >>117
特権なんて使えるのはそれこそトップオブトップの武士だけ。
徳政令とかな。
あとの武士は商の下請けで内職。
農の下請けで自家栽培。
ハッキリ言って下層民だよ。 格差以前に、江戸時代の社会経済構造でプロレタリアート下級武士が余裕のある暮らしができるわけがない >勤番侍は「お上りさん」のようなもので、江戸の事情には疎かった。蕎麦屋に入って、
>盛りそばに汁を掛けて食べてしまうことは珍しくなかったという。
>かけ蕎麦は知っていても、江戸発祥のもり蕎麦の食べ方は知らなかったのだ。
適当な記事だなあ
つゆにつけて食べるほうが古くからある蕎麦切りの食い方
江戸発祥で後発なのはかけ蕎麦のほうだ >>118
江戸時代でも一般人、下層は自由恋愛ですよ 江戸時代の天皇家と貴族は合計で10万石しかもらえなかった。だから、内職をしていた。
お茶とか花とかの師範となったり。 現代は商人が一番力を持ってしまったようだな
ざまあみろ! >>124
ほとんどが戦国室町まで遡れば元足軽とかそんな系譜の連中だし
そんなのが戦争の無くなった江戸時代で食っていけるわけがない >>123
そんなこと無いですよ
ウヨが大好きな先祖代々の「家系」は確保しているのだからw >>129
天皇の勅使と面会するときも将軍が上座だったもんな
幕末に逆転して勅使が上座に座るようになった 春画でシコるぐらいなら押し込みレイプとかすればいいだろ
ろくに捜査もない時代なんだし >>126
ザル乗せなのにそこに汁ぶっかけるんだよ
知らない田舎者が 明治新政府の顔ぶれを見ても、大半が元下級武士
それなりの「特権」とやらがあった証明ですな >>135
江戸後期には大塩の乱の頃にはもう完全逆転してたな
朝廷から説明しろと言われて慌てて頭下げて報告に行ってる 3000万石 江戸時代 全国 石高
5700万石 現在 日本 米 生産量
ちなみに~世界の お米 生産量(2022年 現在)
14億1200万石 中国
11億8800万石 インド
3億6600万石 バングラディッシュ
3億6400万石 インドネシア
2億8900万石 ベトナム
1億8900万石 タイ
5700万石 日本
(●^o^●)でっす~ ●●と●●と犬とSF作家も思い出してあげてください >>132
ほぼ捏造だろw
トップオブトップはある程度ちゃんと残ってるだろうけどね。
各藩の家老クラス以下は捏造ばっかりでしょ。 新田開発の影響で、米の生産量が増え米価は横ばい。
新井白石のアンポンタンのせいで金融引き締めで景気は低迷。 武士の格差とはつまり身分のことではありますが身分の事でなくてですね。
タチかネコかという事ではなく、どちらが上になるかという
つまり春画もですねえー正に
格差とはどちらが上か下かということであって、上下関係があるということではないのです。 >>141
お米・・・1石で 大人1人ぶんの 1年間の 食べる量なので(`・∀・´)エッヘン!! >>1
母の家は旧幕時代からの商店
大正生まれの亡祖母が子どものときにその祖母から聞いた話
明治維新の時、貧しい身なりの下級武士が何人も釘を買ってくれと店に来た。 農本主義で乗り切れるという甘い幻想を持ったのが吉宗
結局は大増税(五公五民)に至るわけで経済運営としては下の下だった
この大増税で農民の不満が高まり以後幕府財政はますます不安定化した
貨幣経済の発展に重税で対抗はできないのは当然であるわけだ
ちなみに同時期にイギリスでは富裕商人を貴族の官位を与えて支配層に迎え入れ
この成り上がり貴族(ジェントリー)が毛織物工場の経営に乗り出し
世界一の工業国になる基盤を作ってる
貨幣経済に疎い武士が滅亡するのは当然だったと言える >>144
吠えようが騒ごうが、今の現代でも継続しているルーツですな お米 生産量
14億1200万石 中国
11億8800万石 インド
3億6600万石 バングラディッシュ
3億6400万石 インドネシア
2億8900万石 ベトナム
1億8900万石 タイ
5700万石 日本
人口
14億2000万人 中国
14億2000万人 インド
1億7000万人 バングラディッシュ
2億8000万人 インドネシア
1億0000万人 ベトナム
7000万人 タイ
1億2000万人 日本 新井白石「お金がないならお金を増やせばいいなどというのは、まったくもって賎しい策なり。懐事情が苦しいならまず無駄遣いを廃し、節約に励むべきである」
このアンポンタンのせいで、幕府の財政はひっ迫し滅亡寸前に追い込まれた窮地を救ったのが大岡越前守で、
「元文の改鋳」(1736)によって幕府の財政を大きく転換させた。 なんで儒教なんか広めちゃったんだろうな
そのせいで天皇がデカい顔するようになっちゃった >>152
コピペにレスするのもアレだが、日本は政府が生産量を制限しているからアテにならんよ
一人一日で米を6合も7合も食べている時代じゃないし >>3
アホか!
触手は世界に誇る日本の文化だろうが! >>150
微妙
いまの日本で富裕層といったら中華資本だから、かれらに特権を与えて良いのかどうか 当時の2ちゃんのログみるとけっこう楽しそうだけどな。やっぱみんな殿様好きなんよ(´・ω・`) >>152
お米 1石で・・・大人1人 食べて行けるので(`・∀・´)エッヘン!!
人口 = 石高なら
食糧難にならない 安定した社会と言えます(`・∀・´)エッヘン!!
つまり~~
泥仕事を嫌がる・・・先進国が衰退して行くのは~~
武士と同じ・・・
必然なのでっす\(^o^)/オワタ
最終的には・・・サービス業が強い国より
生産性の高い国が
繁栄する・・・
これまじ(●^o^●)てへへ♪ >>137
今で言うざる蕎麦とか盛り蕎麦が昔からある蕎麦切りの食べ方
蕎麦につけ汁が添えられてたら田舎者でも誰でも分かる
むしろ知らないのは一つの丼に入っててしかも温かいかけ蕎麦のほう
この話は落語に出てくる田舎者の笑い話で書いた奴はそれを事実だと思ってるんだよ 三大改革も全て質素倹約で合成の誤りで不況加速
今の日本も緊縮財政で不況
上の方はお馬鹿さんだし田沼意次とか安倍晋三とか大嫌いな清貧思想のお馬鹿さんの声が大きいし >>6
資本主義社会になると身分制度が薄れる代わりに格差が生まれるからな >>138
武士に特権があったのは確かだな
じゃないと御家人株は高値で売れないから
仙台藩の例では50両で帯刀が許され、100両で名字を名乗ることが許され、250両を払うと武士となれ、500両以上で藩士となれたそうだ
1両10万円前後としたらかなりの金額で、それでも売れたんだから
小藩の場合はもっと安く、幕末は軒並み安くなっていったそうだが
幕末はそれだけ困窮する武士が増え価値も下がっていってたんだろう 東京人「大阪のことなんて全く意識してないよ」
大阪人「貴方たち東京人は江戸時代から大阪のヒト・モノ・カネを盗んできた。早く淀屋から奪った資産200兆円を返して下さい」
東京人「(;・∀・)ヤバい…」
■東京は江戸時代から大阪の金を盗んできた極悪非道のハイエナ都市。江戸時代、「士・農・工・商」という身分階級があったが、最上位の江戸の武士は貧乏で最下位の大阪の商人に金を借りていたという事実がある。階級最上位の武士よりも階級最下位の商人の方が力を持っていたということ。江戸の武士が大阪の商人に金を借りすぎて返せなくなったので、幕府が動いて大阪の豪商「淀屋」は潰された。その際、約20億両(現在の貨幣価値に換算すると約200兆円)の資産を幕府が没収している。 >>163
いや すでに蕎麦の すぐ後の江戸時代には
江戸では蕎麦屋に入るともり?かけ?蕎麦っていう文化があったぞ
かなり初期の頃から丼に入った側の文化はあったぞ すわしんじさんが主演していたという料理昔話っていう江戸時代のレシピ再現番組見てみたい >>157
日本の朝廷は遅くとも7世紀までには儒教に染まっていた
統一教会の支配下にあったのは明らかだ >>162
わい・・・けっこう良い事、言うべーー(^_^)v >>168
忠臣蔵の映画やテレビ番組で、出陣前に蕎麦屋に集結して
いまでいう掛け蕎麦を食べるというのは、時代考証的には
全くデタラメらしいね。 >>151
俺が言いたいのは戦後左翼がよく言った、
武士が庶民を虐げて庶民は酷い目にあった。江戸時代は暗黒時代って話は嘘だろうって話。
江戸時代、武士が庶民を虐めたんじゃなくってむしろ商人をはじめとした富裕な庶民に一般の武士は虐げられ、坊主などが金貸しを暴利を貪り、大部分の武士と金のない庶民が虐げられていたんじゃないかって事。
その一方、金で身分が買えるなどかなり自由な面もあった時代だと思う。 ワイが5chとつべとAbemaで生きてるようなもん >>173
そうなんか普通に初期の頃からかけそば文化があったはずなんだけどね >>12
バカばっかでワロタ
士農工商なんだからその順に決まってるわ。 村上弘明の腕におぼえあり面白かったよなあ
あれのおかげで江戸の庶民寄りの暮らしに興味が湧いた
かっこよくてユーモラスでいいドラマだった >>173
時代劇の考証はかなりいい加減
江戸時代に椅子とテーブルが置いてある飲食店は存在しなかったし 車輪付きの屋台が
登場したのも明治以降
有名な鬼平犯科帳のエンディングに出てくるような色彩豊かな花火も江戸時代にはなかった 共産主義者は階級闘争史観というものの考え方が大好きで何でも自分の好きな階級間の闘争という考え方に当てはめてしまいがちなのでね
男性と女性も階級闘争
マイノリティーとマジョリティも階級闘争で考えてしまう 商人や職人は自分の才覚でいくらでも稼げるけど、武士はいくら働いても主君から出る給料分しか収入得られなかったから一般的に貧乏だった。
ちょうど現代の実業家とサラリーマンの関係だな。 >>9
いまガッコでは、江戸時代に士農工商はなかった、ということで、教えてないんだよねえ
どうなってんだか
急に変えないでくれと言いたい俺は >>180
そういや時代劇の飯屋はみんな椅子とテーブルだな
昔は全部座敷だったの? 武士の俸祿は石高で米だったわけよ。
新田開発の成功で、米の生産量が増大、
そこで金融緩和で米以外の物価が上がって、
米の値段が相対的に下がると、
武士の生活は困窮した。
だから、武士は米の値段が上がる飢饉を放置したわけ。
コレが倒幕へと繋がっていく原因になった。 ま、5ちゃんのおっさんらは当然、士農工商をベースにモノを考えてるわけだが >>180
茶店の店先にある、長椅子みたいのはどうなんだ? >>185
畳の間に小さい仕切りがあるだけだったり縁に腰かけてたり
長椅子みたいなものだけあって座ってそのまま食べてたり
ほとんどの時代劇は間違い >>185
縁台 座敷 板の間 で酒や料理はお盆に載せて出していたようだね 大阪商人が守銭奴の馬鹿ばっかりだって清河八郎がドン引きしてた
内藤湖南も大阪商人は商売のことを何も知らない、学もない阿呆ばかりだと 150年前か。完全に大嘘だな。たとえば15年前の不景気で民主に政権取られたころの社会の雰囲気を語らせてみ、なんか違うから。たとえば当時のヒラ社員たちなら多くが民主に投票したはずだが今となっては黒歴史にして絶対に口に出さないだろ。そういうのが10乗して150年も前の話になるとデタラメもいいとこになる。要するに歴史はすべて作り事。 >>150
英国はプロテスタントだったので可能になったが
欧州のほとんどの国では階級固定だったよ 時代考証とか言い出すと、時代劇なんかほとんど嘘だろ
まず既婚女性は皆、おはぐろをしてる、歯が真っ黒
だから幕末に日本に来た外国人男性にとって、既婚女性の顔は「見たくない」ものだった
しかも、眉毛も剃り落としてるからな
昭和30年代のテレビドラマなどでは、まだ既婚女性はお歯黒をつけていたが、その後そのメークをしなくなった 民間経済が活性化すると、
武士の生活が困窮したので、
武士は民間経済を冷え込ませて、
自分たちの生活を楽にしようとした。
コレが今の今まで続いている日本経済の闇な。 >>187
そうでもないよ
歌人や医者や国学者や連歌師なんかのインテリ階級が圧倒的に尊敬されてたよな >>170
見たいな、それ
平屋長屋のちっさな料理スペースで作る江戸時代の料理面白いよね
武士の住む小さな部屋は収納スペースが無いからミニマムに暮らしてたとか、最近のミニマリストそのまんまだしね >>174
戦前から、というか明治7年頃から士農工商という言葉が使われるようになったらしいが
当時は明治政府にとってもまだ政権が安定してなかった頃
明治政府が敵であった江戸幕府の封建社会的身分制度から解放したというイメージを広げたかったんでは >>168
蕎麦は元々ざる蕎麦みたいにつゆにつけて食べるものだったんだよ
江戸以外でも何処でもこの食べ方
それが元禄頃の江戸で丼に蕎麦とつゆをぶち込む「ぶっかけ蕎麦」が出来たの
そこから発展して温かい「かけ蕎麦」が現れる
まずこの記事ではここが完全に間違ってる
そして冷たいぶっかけはそれほど流行らずに今で言うかけ蕎麦とざる蕎麦が主流になる
田舎者がかけ蕎麦しか知らないなんて事はありえない
間違ってる上に多分落語と現実を混同してる 士農工商が無かったのなら土方歳三が武士より武士らしくなりたいって言ってたのもガセってことになっちまうな >>190
>>192
へー勉強になった
雷蔵勝新黒沢映画思い出してもほぼ今の居酒屋スタイルだよな >>202
でも、その頃の武士って貧乏だったから半農が多かったよな 武士 = 軍事力
乱世の世では・・・軍事力がある国が優位だけど
平和な世の中では・・・軍事力は
生産性が無ないので あれば・・・あるほど、不利になります
経費ばかりかかって 生産性がないのでm(__)m
古今東西・・・軍事国家で
経済的に繁栄した国は ひとつもないです(`・∀・´)エッヘン!!
これまじ(●^o^●)
事実・・・証拠として
今現在・・・1人あたりのGDPが上位の国は
例外なく・・・軍事力が無い国なのでっす~~(^_^)v
これまじ 暇をもてあまして園芸に凝っていた江戸の下級武士たち
「庭園都市」状態の江戸では園芸が巨大産業だったから >>209
園芸って言っても菊と朝顔やろ
遺伝の法則も知らないのによく品種改良出来てたよな >>206
そこの豪農とかに土地借りての小作な
年貢とれる自分の領地持ってる武士なんて希少だった 時代劇なんていい加減だからな江戸時代なんて200年ぐらいあるし 節約倹約に励んだ享保の改革の後江戸が深刻なデフレに陥ったことを学校は教えてくれない >>210
メンデルの法則は分からなかったが
品種改良には熱心だった模様 >>212
町方文書なんかの資料が豊富なのが幕末周辺に限られるから、幕末周辺の話が殆どだよ
資料がなければ話もできない 旗本の実入りは少ない
三ツ物といって税収三割の3公7民 >>210
江戸時代にはピンクのタンポポがあったと言う >>200
士農工商という言葉自体は江戸時代からあるよ
「今様見立士農工商」なんて浮世絵もある
ただそれは世の中の職業を表してるだけで身分の上下のような概念ではなく
春夏秋冬とか陸海空とかそんな感じのもの >>214
イギリスが蒸気機関で産業革命やってた時に
心学や報徳思想なんかの努力と根性労働で生産量増大させる日本版産業革命を成功させてたよな >>200
士農工商の士は士大夫で官僚のことだよ
春秋時代の荀子から来てる
武士というのは全くの嘘歴史 飢饉が起こると米価が高騰して、
俸祿を米で貰う武士は大歓迎だったわけよ。
で、米商人と結託して、
飢饉で米を溜め込んで、
庶民死ねー死ねーってやってたのが武士。
コレが今、武士→公務員に代わっただけなのが日本な。 >>207
1人あたり・・・GDP 上位国(`・∀・´)エッヘン!!
1位 13万6000円 ルクセンブルク
2位 10万0000円 アイルランド
3位 9万2000円 スイス
4位 8万9000円 ノルウェー
5位 7万2000円 シンガポール
6位 6万9000円 アイスランド
6万8000円 デンマーク
6万3000円 オーストラリア
6万0000円 スウェーデン
5万7000円 オランダ
5万3000円 フィンランド
5万3000円 オーストリア
5万2000円 カナダ
5万1000円 ベルギー
4万9000円 香港
4万8000円 ニュージーランド
4万0000円 日本
すべて・・・軍事力が無い 国々なのでっす~~
(●^o^●)てへへ♪
これまじ >>174
戦後左翼の描く悲惨な状況のモデルは
米軍占領下の日本人の有様だよ
横暴な武士のモデルは米兵
白土三平は悲惨なヒロインのイメージは占領下でトラックの荷台に載せられてた日本人パンパンから来た
とインタビューで言ってた 徒然草なんてどうでもいいから上田秋成の雨月物語「貧福論」を義務教育の古典で取り上げるべき >>211
>年貢とれる自分の領地持ってる武士なんて希少だった
希少っつーか、それが石高取りってやつよ >>220
ただそうなると明治政府が行った四民平等の四民とは何を意味してるんだっていう話になってしまう そもそも貸本屋なんて昭和中期まで全盛期で
島津時代漫画喫茶なんてレベルになってまで存在するじゃないか >>226
上田秋成って言ってることは今のうちらからみれば普通なんだけど
当時は超ネトウヨの本居宣長に論争仕掛けて論破されまくっていたイメージあるよな >>136
アホか。
火付盗賊改方っていう軍事警察が厳罰主義で即断即決だぞ。 >>1
上流階級中でも格差があるのなんか
平安時代からだよ
他ならぬ源氏物語でわかる
末摘花てのは平安貴族の底辺女の話 >>224
ノルウェーも軍隊あるじゃねえか
嘘八百言うな >>224
この反日YouTuberが今このスレをYouTubeの生配信で晒してます
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反日YouTuberすずきちゃん
スレに書き込む様子を顔出ししながらYouTube生配信中↓
tps://youtu.be/QLEENoLxkMA >江戸時代の日本の人口の5%にしか過ぎない武士
2019年のデータで日本の人口に公務員の占める割合は約5.9パーセントらしい。
サヨクなどのオタク達は今だに江戸時代の百姓町人の発想だし。
今の日本人をカタチ作ったのは江戸時代だといわれるが、やはりそうなのだと思ってしまう。 >>231
>>236
そいつ今顔出しでYouTubeしてる反日YouTuber
たった今スーパーに買い出しに行って母親しか映ってないけど
tps://youtu.be/QLEENoLxkMA >>234
押し込みレイプだけじゃとんでもなく頻発でもしない限り動かんけどね
強盗が絡むと別だが、レイプだけなら町方案件 >>199
番組は時代劇専門チャンネルでやってたそうだ
https://www.jidaigeki.com/original/201302_ryouri/index.html
ちゃんと名前のあるような料理もいいけどとにかく腹を満たすために野菜くずたくさん入れた味噌汁とか庶民の食卓に引かれるわあ >>207
スイスなんて相当の軍事国家だぞ。
中立なだけで。 >>7
30年くらい前で転送速度KBbpsだったからな
当時はNBbpsくらい? 上田秋成って幽霊なんか存在しない
何で幽霊はみんな服を着ているんだ
服にも霊魂が宿るというのか
幽霊が裸で出て来ない以上、幽霊なんて存在しない
って喚いていたよな
面倒くさい爺さんだから医者と患者の関係で無ければ関わり合いたくないよな >>9
士=公務員
商=経営者
工&農=ブルーワーカー
こんな感じやな >>230
金沢に住んでたころ貸本屋まだあったな。
今だって漫画本借りられるだろ。
似たようなもんよ。 >>224
フィンランドは枢軸国だぞ〜
2020年まで軍に鉤十字使ってた >>247
金ある商は士も兼ねてただろ
どっちみち評価されてたのは知的かどうかで
歌人とかは一目置かれてたな
教養のないバカはどんな階級にいてもバカと噂になってみんなからバカにされてたな >>136
ヒタイに「犬」って刺青されるのとGPS埋め込まれるのとドッチがいい? >>9
江戸近郊には豪農つーのがかなりいた
藩邸の庭管理や馬飼育を請け負っていた 公儀介錯人拝一刀と御家人斬九郎は同じような職務なのにえらく差があるよな。 >>250
商にも農にも士を持ってるのはいた
だから士農工商だけで分けて区別しようとか愚かな話で無学な奴
江戸後期ともなると大阪だと私塾がたくさん出来て町人のほうが教養あったりしたからな
江戸幕府の天文方なんか暦の更新すらできなくなって大阪からそんな民間学者を採用する羽目になってる
伊能忠敬もそうやって江戸に来た大阪人に師事して学んだ
高橋至時という名前だ 武士は個人の節約じゃ済まないからな。見栄の社会だからw
分相応の家人の数とか祝言の規模とかお返し額とか決まってるんで、それやらないと面目がなくなる
だからどんどん借金して更に貧乏になるw >>254
天文方は優秀な養子で継いでたと杉浦日向子先生が言ってた >>254
地元の県では「武士の給料だけじゃ食っていけんわ」と今で言う兼業農家みたいな武士や武家が多かったと
歴史か社会科の授業でやった記憶があるわ 幕末にはあらかたの藩が借金まみれになってた
貸してたのは豪農や豪商
ケネディがなんか言ったというので有名になった上杉鷹山だって
結局藩の立て直しには失敗してる ウヨパヨとは言うけど
パヨウヨとは言わないから
ウヨの方が身分上だな >>258
廃藩置県が大した抵抗もなく実行できたのも ほとんどの大名が財政破綻状態で
幕藩体制の維持が不可能だったからみたいね >>256
大嘘
日食を二回も予測できなかった
大阪の天文塾は二回とも当てた 結果幕府の暦は欠陥品だと信用を失って
この大阪の天文塾から高橋至時と間重富を呼ぶ羽目になってる >>248
むしろ今の方が店舗多い
貸本からの著作権徴収組織作ったから >>242
おおー、良いですね、観たい
料理も良いけど器も興味深い
1日2食だったのが3食になった理由が照明用の油の普及だとかで、
1食分増えて庶民はどんな物を食べたのか、とか興味深いですね いや~ すずきちゃん(`・∀・´)エッヘン!!
なかなか・・・確信を突いた
良い事、いうじゃろ~~(^_^)v ひゃほー♪ 藩の力削ぐために参勤交代やらせて
丸の内あたりに275藩の武家屋敷があってしみったれた生活してたら周りで噂話されて月に3回くらい江戸城に殿様が行ったらマウント取ってくる他藩に悩まされて
武士は食わねど高楊枝 >>62
廃藩置県と同時に通貨が円に変わったので、明治政府が全部チャラ
薩摩の400年借金とか楽勝 >>253
首切り役人は世襲だけど非正規公務員扱いらしいが
穢れ役だから このスレYouTubeで晒されてますよ
tps://youtu.be/QLEENoLxkMA >>268
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反日YouTuberすずきちゃん
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tps://youtu.be/QLEENoLxkMA >>258
一回しっばい(部下が従わなかった)して
二回目に成功したんでは >>262
元の暦が中国のだからな
中国での日食しか当たらないわ
で、日本人で観測し治して改暦したけどその後の修正できてたかはよく分からん 幕府の天文方では西洋の最新の天文学が理解できなかったけど
高橋至時はこれを解読して惑星の楕円軌道までも算出するレベルに到達してた さらにオランダ語がほとんどわからないのにオランダ語訳されたラランデ暦書という
当時最新の天文学の本すらも解読して解説書も著書した
オランダ語ができないから語句はわからないけど書いてある理論は理解できたとかいうそんな領域の人間 だいたい
お前らが思う江戸時代の暮らしっていうと
時代劇で見た江戸の武士や長屋の庶民の暮らしっていう
時代劇知識とか漫画知識なんだよな
浪人がおろろーとか言ってるのしか想像してないんだろ >>279
見聞してきたお人ですか
おみそれしやした >>280
春画の端っこにチンコを突っ込まれた子宮の断面図があったりデフォルメされた画風があったりと
時代が違っても同じこと考える奴は居るんだなと思った >>279
おろろ~~~(●^o^メ)
左頬に 十字キズ おろろ~(●^o^メ) >>284
このスレYouTubeで晒されてますよ
tps://youtu.be/QLEENoLxkMA でも~ 江戸時代
農民(庶民)の生活は
けっこう幸せだったみたいよ(`・∀・´)エッヘン!! >>278
ターヘル・アナトミアの解剖学用語が全てドイツ語表記
→小石川療養所の西洋医達はターヘル・アナトミアの翻訳本(解体新書)で医学を学ぶ
→明治維新で小石川療養所が東大医学部へ
→日本は実験主体のドイツ医学と臨床主体のイギリス医学のどちらを取り入れるか検討される
→小石川上がりの東大重鎮達が、自分らが学んだドイツ語に拘る
→日本の医学が研究主体なアカデミック中心の「象牙の塔」システムへ >>286
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反日YouTuberすずきちゃん
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tps://youtu.be/QLEENoLxkMA >>201
初期のそば切りは今で言うざるそばみたいな形だけど
茹でてから盛るんじゃなくてそのまま蒸してるから温かいんだっけ 仕事ない士が傘張りしてたとか鉄板ネタだろ
それと士農工商身分あったというのは後世明治にされた設定 小普請の旗本御家人は金を納め、あとは戯作など副業に精出す者もいた。 今だとこんな感じ?派遣社員に階級つけたほうが良くね?
支配者…政治家・公務員
士…派遣社員
農…サラリーマン
工…ゼネコン
商…経団連 北斎の美女と巨大タコ触手の絡みの版画が凄いよなあ。
下級武士が買ってたの? >>247
ブルワーカーに見えたw
ブルーカラーのことね 江戸の士農工商は後世に作られた捏造。
実際には農民や商人から士分に取り立てられた人は多い。
有能な才ある人物は何時だって必要とされてる。
金で爵位を売買してた欧州や族譜を乱発してた朝鮮は知らんがw >>296
それこそ商人じゃね
時代の先行く卍狂じーさん偉大 あんなにチンポデカく描いて…
外人に誤解されるだろ 江戸の改革と言われる享保の改革(吉宗)
大赤字の幕府財政(特に米価安)の立て直しが目的
1 貨幣改悪で貨幣供給量を増やし米価を人工的に引き上げる
→民間物価が上昇し庶民生活を圧迫
2 大増税(5公5民)で幕府収入を増やす
→農民の不満が長期的に鬱積
3 幕府経費の削減と民間人の奢侈禁止
→大幅な商業経済の冷え込み
要するに破綻寸前の武家財政の生き残りのために農民と町人と商人をイジメ抜く政策だった
この北朝鮮のような民間イジメは松平定信、水野忠邦でも同じように繰り返し実行され
最終的に幕府財政は破産に向かう
こうした逆コース改革の原因はまともな経済理論がなく
朱子学による農本主義の盲信、民間経済の異常な軽視から来るものだった ふんどしまでレンタルだった、レンタル全盛時代に
何を言っているのやら
荷物が増える=火事の時に燃えて失う物が増えるってことだ >>271
いまや国債の半分以上が日本銀行が購入しているのだ
遠からぬ未来に日本銀行が国債の放棄を行うだろう
そうでないと、今時点えも毎年三十兆を超える利息がこのまま膨らみ国が破綻する
歴史は繰り返すだ >>306
対外国債破綻させたアルゼンチンも普通に国がある
デノミやったり、世界中敵に回したロシアもまだ消えてない
そもそも財政破綻の定義とはなんぞや?
という事にもなる >>306
このままでは破綻するから破綻する、とは意味不明な論法だな 四十九石と四十九俵では2倍以上の差があるがどっちなんだ? >>305
火事の際は消火より火の手が回らないように家壊してた時代だったっけか >>9
ちがう
農にも格差、ヒエラルキーがあるからね
地主の豪農、豪商、廻船問屋>>武士(藩士)>ザコ商人、職人(浪人)>>小作人(農奴) 農と言っても庄屋とか組頭クラスは元々武士だった層だしな 今と対して変わらん日本人が武士やったり商人したり農民したりしてた時代とか楽しそう >>19
そんなことしたら刀で切り捨てられるイメージなんだけど >>319
有力な古い家ともなると鎌倉平安時代の地方貴族だったとかもある
そこまでいくと藩主も無下に扱えなくて年貢や農民管理統治の協力要請したりも
そうなると他所から来たニワカ下級武士とか格下扱いよ >>322
そんなイメージを持つのはお前が無知だから 貸し本行き含めて3000部売れたら大ヒットの時代というか、そもそも紙がくっそ貴重で木版作るのに死ぬほどの労力がかかる時代に大量部数を刷るのがどれだけ大変なのか考慮してない、もしくはわかってない記事だね >>328
マジレスすると旗振り通信というのがあって大阪近辺から江戸まで
簡単な情報しか無理ではあるが8時間で伝達できたと言われてる >>9
網野善彦 「公界・無縁」
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B6%B2%E9%87%8E%E5%96%84%E5%BD%A6
士農工商という図式は、明治期に造られたもので、武士の下に、警察機能としての穢多や非人がいて、農工商は、フラットであったといえる。
「公界・無縁」に属する人々は、明治期になり、警察権、山林、河川、都市等に関わる諸権利をはく奪され、今我々が考える「被差別部落」が誕生したという。戦後、部落対策費として33兆円が投入され、いまだに諸権利が、行使されているこの図式の淵源は、なんと、この課題本によれば、律令制までさかのぼるというのだ。
律令制というのであれば、我々は、今考える差別意識など本来持っていたのだろうか、朝鮮半島においては、白丁という被差別階級が、2世紀より存在し皮革関係、焼物などの工芸者たちは、最下層の扱いを受けてきた。しかし、我々の祖先は、鞍作止利という明らかに元は皮革を扱う仏師に法隆寺金堂本尊銅造釈迦三尊像を造らせ名すら記名させている。また、桃山期に渡来した陶工たちは、白丁身分から武士にとりたてられているのである。生活を豊かにする人を、身分分け隔てなく大切にしたということが、この国の本来の姿であったと思うのだが
以下、吉田松陰の書の言葉を掲げておきます。当時の日本人の本音は、身分がフラットであるこがわかるでしょう。
不掬糞水不能成善農
不断筋脉不能成善工
不傷肩背不能成善賈
不蹈死地不能成善士
丁己九月十七日與甫仙
弥二郎読太宰氏
産語二生感有
二十一回猛士
糞水(糞尿)を手ですくい取ることができなければ良き農民となることはできない。
筋脈(筋肉)を断ちきるほど腕をつかわなければ善き工人となることはできない。
肩や背を傷めるほど荷を背負い運ばなければ善き商人となることはできない。
死地を踏む(死ぬほどの思い)を経験しなければ善き武士となることはできない 。 >>322
斬り捨ては旗本クラスとか立場の高い武士でさえ
一生に一回できるかどうかの特権だからなぁ
万一やっちまった場合は
結構綿密に調べられてる記録が残ってる。 人口全体の5%に過ぎないという武士階級でも
現代の日本人誰もが〜家の末裔を名乗ってるから面白い
残り95%の農民工夫商人の末裔は何処へ行った >>296
タコはともかくあの女の顔で抜くのは現代人には無理ゲー >>332
そんなに自称武家の末裔多いか?
先祖代々○○の農民、のほうが多いんでは?
まあ十代遡れば先祖は千人以上、二十代遡れば百万人を超える先祖がいるわけだから
女系を含めれば武家の血どころか天皇家の血だって入ってる人は多いだろうけど うちも江戸中期頃には実質職人やってたみたい
地方の幕府直轄領の古い宿場町のナンバー2という底辺武士
でもお墓だけは糞デカでビビる >>9
かなりの武士が商人から金借りてたりして頭があがらなかったから商人のほうが上 >>334
成人するまで自分が在日朝鮮人だと知らずに育つやつが結構いるらしいから単なる思い込みなんじゃね? >>332
明治時代に農民とかも苗字が持てるようになり、
その際にどんな苗字を名乗るのも自由だった。
結果、伊藤だの加藤だの武藤だの藤原起源の苗字を名乗る人も増え、
そこの子孫が藤原の血を引くとか吹聴してるってわけ。 金儲けできる奴らが強い
欧米でも金貸しのユダヤ人が猛威を奮ったのと同じ 春画の貸本とか俺的には無理
みんな絶対にお気に入りのページに
挟んでシゴいたりしてるよな? >>340
キリスト教会が「清貧」を美徳として
金を不浄なモノに認定したため
誰もやりたがらない金融業を被差別民族で仕事がないユダヤ人がやった結果
世界を制覇する様になったと言う皮肉 >>329
旗一つを1bitと考えると、通信速度はミリbpsとかマイクロbpsのレベルか。 鎖国してたのに江戸時代は商人達が力付けて国内経済が発達。格差は出ても都市部では武士でも何かしら仕事見付けられて、人々はそれなりに充実した生活送れたらしい。 両親とも武士の家系だが、父方は貧しかったらしい。
母方は裕福だったが明治になって没落した。 レンタルビデオ屋で貸本を商売にしてるのを見ると時代が一巡したのだとしみじみ
返しにいくの面倒くさいから俺は借りないが 下級武士って要するに足軽でしょ。
そりゃ土地持ち百姓の方が本来は格が上。
ただ士分を与えられているだけで。 >>339
藤原氏も鎌足から1300年くらいかな?
こんな長く続いているのだから、血縁関係のある人物なら末流も含めれば幾らもいるだろう
農民や商人が実は藤原氏や天皇家の末裔であっても、不思議でもないどころか、そんなの幾らでもあるよ >>3
そのレスが日本サゲ
立憲民主党はほんと日本嫌いだなぁ ちなみに現在の貨幣価値で刀一振り数十~数百万円で
ちょうど車買うのと同じ位
鎧一領数百~数千万円で
家買うのと同じ位の覚悟が必要
面白い事に近世ヨーロッパの刀と鎧もほぼ同じ価格設定 >>56
今は図書館ブームだったりする
地方のあちこちで新しい図書館が開館している
学生時代さえ寄りつかなかった俺でさえ通うようになったわ イメージ的にはほとんどの武士はたそがれ清兵衛みたいな生活 >>319
明治期に失業した下級武士を引き受けて婿入りとかさせてたのがその層 明治になったら警官や郵便員、軍人になってうまく吸収されたんだよ 裕福な家と言ってもこの時代の娯楽なんて
たかが知れてるだろ。
馬を買うだの、いい飯が食えるだのって所か。 >>112
んなわけない。
たとえ大商人でも無職の貧乏浪人に頭を
下げてへーコラしてた。
現代人にはわからん身分感覚があった。 16世紀に日本に来た宣教師は、貧乏な武士がいることと、
貧乏であるにもかかわらず一定の権威を持っていることへの驚きを書き記している。
武士という身分がどの程度の価値を持っていたかについては、
江戸時代の中でも時期や地域によって差があって、
一律に論じるのは無理じゃないか? この時代 庶民の識字率は世界一
現代、日本人の英語力は非英語圏で80位、中国、韓国はもちろんのこと、ネパールやモンゴルよりも下位 幕末は大名から足軽まで武士はみんな貧乏
明治政府が大名の借金をチャラにして大坂の商人が大打撃を受けた
大坂の没落はここからはじまる >>366
江戸時代後期になると、債務不履行に陥り、
商人による財政の管理を受け入れる藩もあったそうだね。 >>361
この時代の「普通の家」は飢餓や寒さとの戦い
ただご飯が食べられる、快適に眠れるってだけで超ぜいたくだった
娯楽や教養は裕福層だけのもの
現代人にとってはたいしたことなくても、当時はステータスだったと思うよ 地域格差が大きい。江戸なら庶民でも(羽振りが良ければ)、
歌舞伎を見たり、落語を聞いたり、浮世絵を買ったり、吉原に行ったり、
いろいろな娯楽があっただろ。 >>370
江戸で反乱起こされたら即終わりだから
優遇していたんだよ >>9
大名とかならいざ知らず
大半の武士は借金していたり、内職の仕事を貰う立場なので商人には頭が上がらない
また豪農とかになると大半の商人とかどこ吹く風だ
ちなみに商人にしても御用商人などの大店とそれ以外で違うからな 丁稚から手代に昇進出来るのがほんの僅かだから、商人も厳しい世界だわな >>373
「本間様には及びもないが せめてなりたや殿様に」って歌があったぐらいだからな >>373
武士と言ってもいろいろいた
旗本御家人といった幕臣は江戸住まいを強制されていたから商人から仕事をもらっていたが
諸藩の武士はほとんどが半農半兵
数万石の小藩だと豪農が家老を務めていた例が複数ある >>56
近くに大きな図書館が出来てから、コミックと実用書以外の本を買うことはなくなった
新書、文庫、ハードカバー含め全てがタダで読めるのは素晴らしい >>362
そりゃまぁ貧乏浪人なんて狂犬みたいなもんだから丁寧に接するだろう。
江戸時代は一貫して商人や町民が1番元気で、農民も隠れて耕作した作物で上手い事やってた。
どう考えても大多数の武士が1番苦しい生活を送ってたのは間違いない。 人間ってのは戦っていないとダメな種族なんかな?
武家政権でなくとも平和が続くと
様々な成長が止まり閉塞感から逃げられない >>346
>時代が一巡したのだと
本当にそう思う
マイバッグとか昔の買い物カゴだし
昭和っぽいなと思う
そのうちテレビも深夜の放送をやめるだろうなと思う 武士の身分に一定の価値があったのは確かだろ。
さもなければ、値が付かず、売買の対象にもならんのだから。 >>381ドイツをみろ🇩🇪進んでるぞ。いい事だマイバッグ 財政難の藩と藩政改革した藩の違いやな、
今の時代と全く違うから全く参考にならん >>382
価値と権威はあっただろうね。
でも時代劇みたいに分かりやすく町民や農民が武士にヘイコラして、かしずくなんてことはまずなかっただろう。
そもそも武士自体がレアキャラだし、最上位の武士なんてまずお目にかかれない。
空気みたいなもんだよ。
存在感ゼロ。
武士が圧政を敷いて庶民は苦しんだーなんて江戸時代史観は大間違いだろう。 >>382
藩によっては郷士身分であれば売買していた事例もある
下級といっても武士階級になれば、名字帯刀が許されるし
そうした名誉だけではなく
岡っ引きのような連中からは、なにかに言われなくなる
岡っ引きは身分は町民だからな、武士階級には何も言えない
そういう実益もあったのだろう >>329
飛脚を使った箱根越え区間を除いた速度は700km/h以上だったというから
リニアより速いよな。本当に現代日本は劣化したよ >>387
おおざっぱには、武士・常民・エタ非人の三身分だろ >>387
順番ではないの?
学校では「士農工商|○○・○○○」った習ったな 春画貸本てまあまあ恥ずかしいな
て、20年前までワイらもavレンタルしてたかww 士農工商って序列じゃなくて、みんな一致団結して頑張ろう!的なスローガンだったと聞いた
なので今は教科書に士農工商という言葉は載って無いとも
士の位が高かったのは事実だけと、他3つは同列だった >>390
それは明治時代になってからできた概念で
本来は士農工商=天下万民くらいの意味
そもそも武士は曖昧な部分が多々ありつつ身分として存在したけど、農工商は身分でも何でもない
農家の息子が職人になっても、商人が廃業して農業始めても
文字通り誰も咎めたりしない いまのヤクザの世界も、幹部とチンピラじゃすごい格差があるだろ >>389
非人は一般人との移動が結構あったらしいが
破産したり自殺未遂すると非人になるし
一定額納めると常人に戻る >>6
経済成長すると格差が生まれ、
格差社会が行きつくところまでゆくと
最終的に戦争の時代になることが多い
共和制ローマ末期なんて凄い格差社会になってて
経済が停滞して内乱に近い状態にまでなったが、
その後カエサルが外征し戦争することで立て直して帝政ローマになった
格差社会の歪みの解消法の一つが戦争だったりする >>399
障碍者やハンセン病患者は一生、非人のままだろ。 >>397
居酒屋で、しょーもなく相づちうつことしかできない部下にくだ巻いてんのと違うぞ、ここは
寺請証文の意味とか判ってたらそんなデタラメ書けない >>403
土地持ちの場合は長男が後を継ぐ必要があったし
離散は禁じられていたが
跡継ぎでもない次男以下がどこで何をしようとお上の知ったこっちゃないよ 江戸時代は都市だろうが農村だろうがムラ社会だから自分の生まれついたコミュニティから外れた人間が他のコミュニティに入り込む事は無理ゲーに近いぞ >>405
商家の丁稚や下働きは大半が農村から買われていたし
都市部には女性の働き口が少なく、したがって女性の住民自体が少なかったので子供も少なかった
士農工商のうち工については世襲はかなり少ないぞ >>401
別に障害者だから非人になるワケでも無いぞ?
ハンセン氏病は「非人頭預り」ではあるが非人ではない >>283
そりゃな
たった100年ちょい前だし俺らとそんな変わるわけない
スマホとインターネット渡したら普通に理解して使いこなすだろう 米の収穫が無くなると困るので農民に移動の自由はなかった
分割相続させると農地が細分化して家族を養えなくなるのは奈良時代とかから分かっていたので次男以下はオジサンオバサンとして居候
薪を焼いたり魚を釣ったりキノコや山菜を取って街で売って稼げるオジサンやオバサンは福の神、稼げないオジサンやオバサンは貧乏神だった 家督を継いだ者はいいけど継承権のないままに一生独身の部屋住みも多かったらしいな
今は親の年金を頼りに遺体を放置して捕まるという子ども部屋住みが目立つけどな たった5代前の人(祖父の祖父)やのに、どういう生活をしていたのかまったくわからん
戸籍で「槌蔵」いう名前の人やったいうことはわかってるんやけど、この槌蔵さんが
どういう生活をしていたのかまったくわからない 最下級の武士は三両一人扶持でね
年間の給与は三両ほどもらえるだけだ。
江戸庶民の年収あ7-8両程度というから
かなりの薄給で、サンピン侍と言われて庶民からも笑われていた
まあ、衣食住は主家が面倒をみたそうだから、それでも何とかなったようだが >>411
旗本とかの三男四男は、家督を継ぐあてはないから
他家の養子になることを目指した。
そのために養子に見込まれるように努力したので、けっこう優秀な人もいたそうだ 江戸時代に朱子学を導入する前の日本のほうが良かった。
女性の地位の高さには宣教師も驚いたらしい。 >>416
朱子学を導入する以前は天皇のなすべきこととして
色の道の習得もあった。
禁中並びに公家諸法度で排除された。 >>15
もっこり半兵衛面白いよな
マジで時代劇にしてほしい
半兵衛は西島秀俊あたりで >>168
東京新聞「江戸時代からモリカケ問題が? これはスクープ!」
ご隠居「おまえんとこ江戸新聞に改名しなよw」 >>421
売春が盛んだったせいで江戸の住人は梅毒の罹患率がめちゃ高かったんだよね
骨の鑑定でわかった 明治以降逆転してその下級身分がふんぞり返ってるんだよな
長州田布施の岸・安倍チョンや薩摩高麗町の日韓トンネル麻生とかなw
下世話な成り上がりの明治成金や和歌山B二階や下駄屋B中抜きケケ中とか戦後成金 士農工商は普通の容姿
その他は独特な容姿なんだよなぁ 格差に不満をもたないよう大衆である農民をひきあげた
そしていまも、非正規をあざ笑う底辺
160年たってもいまだ文明開化は訪れていない >>421
ヨタカは「かけそば」一杯分くらいの値段で体を売っていたのだよ
それだけに40代くらいの
当時あ老婆と言えるような年齢の女性や病気もちが当たり前
昼間は見えたものではなかったとか
年齢はともかく、病気もちの女を抱く気にはなれないわ >>234
人数がいなかったから
お手先組
本陣の先方だからな 火つけ盗賊改めは、厳罰主義であり
冤罪とかも多かったから、町民はもちろん武士階級からも嫌われた
時代劇で有名な長谷川宣以のような庶民から、「いま大岡」と慕われたのはごく一部だ 鬼平は町奉行就任を熱望してたのに、
老中の松平定信に嫌われて火盗改めから出世できなかったんだよね 町奉行所は現在の警察くらいに思っている人も多いかも知れないが
そんなものではなく、治安維持のみならず。司法や行政など江戸の民政の全てを取り仕切った要職であり
旗本の最高位であった。
長谷川家は知行地400石の中堅旗本にすぎず
ここが町奉行になるのは難しいな
まあ、遠山の金さんで知られる遠山景元は500石の石高に過ぎなかったが
町奉行に上り詰めたわけだし。例外もあるが >>413
その点、我が家は簡単だ。
祖父の祖父は「惣吉」という人だった。もちろん戸籍には職業など載っていない。
が、我が家は先祖からずっと江戸の寺町で金工職人(当時の用語法で「飾職人」)をやっていたことが言い伝えで分かっている。
俺の曽祖父も父の後を継いで金工職人、俺の祖父は板金業(ブリキ工業)で小さな町工場を興した。
父の代になってやっと金工職を脱して、大手ゴムメーカーの技術者になった。
俺と弟は事務職の公務員になって理系すら離脱、(俺は辞めてしまったが)現在に至る。
俺も手先が器用で理系に強ければ、技術者を目指したかったんだがなぁ。 うちの家は何代か前は神職の家だったことはわかっている
そのさらに昔は豪族だったようだ。
うちの家は末流だから、江戸時代あたりは、もう農民だったし
あまり価値はないがな 士農工商は身分じゃねーけどな
物書きのくせに情報アップデートがおせーな >>413
戦争があったからそういう記録が残っている家の方が少ない
戸籍ですら燃えてしまったりしてる >>440
士農工商は身分ではない、という学説が主流になって中高の教科書から消えたのは1990年代
>>1の安藤優一郎は1965年生まれだから大学受験は1983年くらい
学説が変わったのは安藤優一郎先生が早稲田大学で大学院生~講師やってた頃だから知らないのは仕方ないよ >>442
日本近世史専攻の博士課程学生だったのに 大多数が世襲だったのは事実なのだから、制度でなかったことを以て身分でないというのも実態を軽視している 福沢諭吉先生(下級武士の次男) 『門閥制度(身分制度)は親の敵(かたき)』
上級武士の子でも 嫡子(長男)以外は 糞
下級武士の次男では 糞の糞
糞の糞から成り上がった福沢先生の お教えの集大成が
「慶應義塾幼稚舎(お受験)」 笑笑
現代日本において 人口の大半を占める下級国民(糞)が
「サムライ」とか「お城」などの身分制度に憧れを持ってしまうのは
先祖代々 糞として虐げられ続けた結果の
遺伝子レベルでの損傷(マゾ因子)が原因 跡目を継ぐあてのない三男四男は悲惨なものだ
有名あ遠山の金さんこと、遠山金四郎景元も
鬼ノ平蔵こと、火つけ盗賊改めの長谷川平蔵も、もともとそんな生まれで
若い頃はずいぶんと有れたようだ
長谷川平蔵こと、長谷川宣以は長谷川宣雄の長男ではあったが
奉公に来た農民の娘に手を付けて生まれた子供で異母弟が嫡男となり
冷や飯食いだったらしい。
遠山景元の方は、もっと複雑なんで書くのは面倒だから省くが
共に跡目を次ぐあてがないので、若い頃は放蕩無頼の風来坊を続けていたところは共通している。 跡継ぎや他家に養子に行けない子は結婚できなかったのかな? >>449
跡継ぎや養子に行けない武士の三男四男は中元や下男になるという道もあったよ
その場合は名字を名乗れなくなる代わりに好きな相手と結婚できた
もちろん親なし扱いになるから結婚相手は自分で見つけなきゃいけないけど >>449
学問や剣の道に打ち込んで
道場主になったり文武を尊ぶ家門の婿養子になったりって手段もある >>448
長谷川宣以は嫡男だけど父の後妻と折り合いが悪かったんで家に寄り付かなかった なんか最近さあ
長いばかりで中身の薄い話多く無い?
出入りの商人と、連れ立って出かける話くらいしか価値がないくせに3ページとか >>17
記事よりこっちの書き込みの方が面白いじゃねーか 中村主水は付け届けの上に片手業までやってたのか
どんだけ銭好きなんだよww >>458
主水の片手わざなんて安いだろ?
梅安なんて前金だけで切り餅二つとかもらってた >>27
明治あたりで歴史の書き換えとかしてそうなんだよな
ウリナラファンタジー笑えない >>460
それでも古い文書や手紙などまで全て抹消することはできないし
かといってあらゆる鑑定法をかいくぐって1000年前の文書を捏造する技術はいまだに存在しないからな
共産国家なら「党中央が決定した」というだけであらゆる史料が無効化できるんだが 武士は100石なら100石と決まっていてそれが子々孫々まで受け継がれる
一方、商業経済の発展で必然的にインフレになり実質収入が目減りしてしまう
元禄以降、武士は常に商人にお金を借りていて、それは大名でも例外ではなく三井家が発展したのも大名貸しで利益を上げていたから 江戸の町は
武家地が全体の約70%
寺社地が15%、
町人地が15%の割合
武家(幕臣、諸藩の藩士)も約50万人
町人も約50万人だけど
決められた住める地域は武家70%なのに
町人は15%の地域
町人は人口約 50万人で15%の土地に生活。
町人地で商人や庶民の多くが住んでいたのが4畳半の長屋
これを、1平方qに換算すると約4万人。
現在、最も人口密度が高い豊島区でも約2万人程度。
しかも当時の建物は平屋が多いから、室内居住密度は異常に高かった
↑ヤフコメの誰かのコピー 名前から下のコピーは出来なかった 武士は多分江戸の一等地の江戸の広大な土地に住んでたらしい >>458
必殺仕事人の一人あたりの殺人の報酬は
多分1両以下 全体で1両以下の報酬でも
仕事人が殺してたのも結構あったろ
で、1両は貨幣価値は時代で結構変わるらしいが超大雑把に言えば、現代では10万円くらい
結論 仕事人は貧乏人の恨みを50万円〜
60万円以下ではらしてくれるボランティア活動みたいなもんで主水に限らず、あのドラマの仕事人は良い人だらけ
つうか映画の必殺仕事人で端金で殺人しても仕事人は老いた体が残るだけだし、元仕事人が高額でしか仕事を受けない新集団を作って安価に仕事を受ける邪魔な江戸の仕事人集団を殺しまくって、高額でしか殺人をしない自分らが殺人稼業の独占をしようとした映画もあったw
ゴルゴ13とかになると仕事の報酬は多分
2千万円前後とかで、ゴルゴ13は銭ゲバだが、国とか政府機関、富豪の仕事も受ける世界トップクラスの殺人稼業の相場も、そんなもん以上かもな 必殺仕事人て奥の院みたいのが後見してて
現場さえ逃げられれば捜索はされない感じだったからな
木っ端悪徳商人ぐらいならそんなリスク負ってる感じはなかった 近代国家のような警察機構はいから逃亡した犯人を長期間の捜査で特定・逮捕するとかまず無理 >>467
一応あったろ?
番所、奉行所
下手人吐かせるためには拷問とかにかけたから
冤罪も多かったろうな
ただ武士は裁けない
武士の場合は目付、大目付 江戸南北奉行所で正規職員は数百人規模、これではぜんぜん足りないから「ならず者」の中でましな方の連中に業務委託(岡っ引)
業務範囲が違うから比較は難しいが警視庁は人員約4万 >>470
岡っ引きは同心からわずかな小遣いだけもらって仕事していたのだよ
これは当時でもかなりの薄給だ。
ほとんどの岡っ引きが別に正業を営んでいたと言っても、こんな安い金で厳しい仕事をやっていた彼らに敬意を払いなさい
何てね。。
まあ、これは嘘
同心からもらえるわずかな小遣いが政府からの収入だったのは事実だし
多くの岡っ引きが別に正業を営んでいたのも事実だけど
彼らは商家などから「ゆすり たかり」をやって収入を得ていたし、大名や旗本家から便宜を図ってもらったりすることもあった
だから多くの子分を抱える親分といわれるようなのもいたし。町民から煙たがられる存在でもあった
幕府もこの実情は知っていたが
役にもたつからと、黙認していたようだ。
まあ、度が過ぎるようなら罰しただろうが、こんな感じだから汚職も多かったでしょうな >>471
幕府は何度か岡っ引き禁止の布令を出してるんだよね
とはいえ岡っ引きは「官」ではなく「吏」だから
一概にゆすりたかりと表現するのもどうかと思うけど あれ?
明治になったとき町方同心は士族ではなく卒族とされて、
卒族の廃止後は平民になったと聞いていたが 明治初期の日本の士族の10パーセントは薩摩藩だったという 格差社会ていうか、歴史をかじっているなら上級武士と下級武士があるくらいは
誰でも知っている。
上級武士は殿の家来で、登城して殿に拝謁でき、悪いことをしたら切腹。この人たちが侍と言われる。
下級武士は登城できず殿に拝謁できない。殿の家臣ではなく上級武士の陪臣となる。
所謂足軽、徒士の身分の人。この人たちは侍とは言われず、さらには通常袴を履くことはない。
時代劇の町奉行の同心は、御家人(藩でいうところの足軽の身分)なので、袴を履いていないのは
そのため。一般的には30俵二人扶持とされている。
そういう意味では幕末の志士たちの身分を調べると驚くことが多い。足軽とか中間出身がいたりする。 御家人は徒士侍であって足軽ではないぞ
武士は上士・下士・卒とあって幕臣なら上士が旗本下士が御家人卒が足軽 町方同心は一代抱えだったし(実際は世襲だったようだが)、
士分ではないんじゃないかな やはり >>479
江戸時代の武士はそんな単純な二元的地位ではなく
上から下までグラデーションのように続いていたよ
大名だけだって少なくとも7段階の身分があったんだから
ちなみに「同心」は本来足軽の別名で無役の足軽もみんな同心です
あと江戸町奉行所同心の30俵2人扶扶持は役職手当ね
彼らは御家人身分だからそれとは別に本来の禄ももらっていた >>476
明治とはどこにも書いてないから江戸時代の話だと
思って
まぁ同心は世襲じゃないし幕府無くなりゃそれまでかな
与力はわからんけど 確かに中村主水は羽織着ても袴は穿いてないな
羽織来てるのに下はふんどし見えたりすんのは変な感じやなww
袴は騎乗着てことかや? 公務員にキャリアとノンキャリアが在るようなもん。
っても武士階級も能力で出世は可能で潘の財政改革で抜擢されたり
伊能忠敬みたく商人から抜擢される人もいる。 江戸時代まではファストフードみたいに女を買うことができた。普通の茶店にも売春婦がいたし >>486
勝海舟なんかがあんな要職についてるぐらいだから、
それなりに能力評価もあったんだろうけど、
福沢諭吉なんかがあんなに不満を述べていることから考えて、
門閥の力も大きかったんじゃねーの? >>486
ゆうてもそれらは例外中の例外くらいの希少例で、基本的には家の格に応じた地位に就く。
なので、たまの能力主義で下から台頭すると、殿様の代替わりでポロッと失脚したりする。
典型例が田沼意次。
この辺は海外も似たようなもんで、改革派のために抜擢された寵臣というのは大抵代替わりで失脚する。 >>490
間部詮房もそうだけど
失脚といっても小身から始まって田沼家は大名として明治時代まで生き残ったわけで
当時の家中心の価値観からすれば大成功の部類だと思うけどね >>473
同心は御家人身分だよ。
御家人の多くは知行地をもたない
下級武士だったが
武士ではあった
足軽身分とは中間のことで、それと勘違いしているのではないの? >>492
幕府直臣の足軽のことを御家人というんだよ
ついでにいうと交代寄合を除く幕府直臣は公務以外で江戸を離れることが許されていなかったので
知行地があっても統治どころか出向くこともできない
蔵米だけの御家人と経済的な違いはなく、体面や面子の問題でしかない >>492
いや 武士だけど士分ではなく卒だったんじゃないか? というはなし
士分じゃなかったから明治になったとき士族になれなかった >>494
士族(俸禄を維持)と卒族(俸禄没収)を分けたのは明治政府だから
江戸時代の御家人にはどちらともないんじゃないかな >>485
紋付き袴は正装だから登城する御目見え可能な武士階級以外は
普段は着流しの略装。 ついでに馬に乗る場合は着流しじゃ無理だから、馬に乗れる武士は袴。 >>478
ほほー!面白い
ここは博識な方が多いですな 同心は御家人だぞ
御家人だから苗字を名乗れるし二本指し出来る
御家人には家禄が与えられてる譜代と建前上一代限りの抱え席があって同心は後者ということ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています