日本は長年、軍事力ではなく、経済力によって国際社会に影響を与えようとしてきた。だが、中国の脅威がすぐ近くに迫ってきた今、平和主義的な防衛戦略を転換しようとしている。
防衛費をGDPの1%以下に抑え、攻撃能力は持たなかった伝統を覆して、インド太平洋地域の安全保障の中心的役割を担おうとしているのだ。

日本政府は昨年12月、大胆な国家安全保障戦略を採択した。同時に閣議決定された「防衛力整備計画」によれば、向こう5年間で防衛費を現在の1.5倍の43兆円に増やす。
実現すれば、日本は予算ベースでアメリカと中国に次ぐ世界第3位の防衛大国になる。

日本はこの予算でアメリカの巡航ミサイル「トマホーク」を獲得するほか、極超音速誘導弾の開発を継続していく計画だ。
政府が財源確保のための増税の方針を示すと世論調査では防衛費増額への「反対」が拡大。だが政府は何としても増額を推し進める構えだ。その理由は明らかだろう。

ロシアのウクライナ侵攻は、日本人が防衛政策の転換を支持する機運を一段と後押しした。ロシアと同じように中国も、武力によって台湾を併合しようとするのではないかという懸念が高まったのだ。
実際、昨年8月に中国が台湾周辺で行った軍事演習では、中国の発射した弾道ミサイル9発のうち5発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下した。

莫大な兵力でウクライナに攻め入ったロシアとは異なり、中国は隠密的で相手国や国際社会を欺き、不意を突く形で他国の領土を少しずつ切り取る「サラミ戦術」を取る。
南シナ海でも武力を一切行使することなく、1988年にジョンソン南礁、2012年にはスカボロー礁を実効支配下に置き、地政学地図を一方的に書き換えてきた。

ひそかに、少しずつ、実効支配という既成事実をつくる中国の戦術をくじくためには、ミサイルを獲得・配備する以外にも有効な対抗策を見つける必要がある。

日本が防衛力を大幅に強化しようと動き出したのは歓迎すべきことだ。だが、最新の国家安全保障戦略がうたうように、周辺有事や現状変更の脅威を「排除する」には、
日本の得意分野で中国を打ちのめす措置をもっと積極的に講じる必要がある。

ブラマ・チェラニ(インド政策研究センター教授)

インドにおける戦略研究・分析の第一人者。
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