東北地方で近年、野生のイノシシが増えている。農作物を荒らす被害に加え、豚熱を媒介する恐れもある厄介者だ。各県が対応に追われる中、青森県はドローン(無人航空機)を活用した捕獲の実証実験に乗り出した。対策の現場をのぞいた。

カメラにセンサー、犬の鳴き声も
 1月28日早朝、青森県十和田市西大沼平の雪原に、県や市の担当者、地元猟友会メンバーら約15人が集まった。午前8時前、前日にイノシシの足跡が確認された場所の近くから1機のドローンが飛び立った。

 このドローンには、カメラと熱を感知する赤外線センサーが搭載されている。上空からカメラで新たな足跡を捜すとともに、センサーでイノシシ自体も見つけ出し、最後は猟友会メンバーが仕留める算段だ。スピーカーも付いており、リアルな犬の鳴き声を出せる。これで猟犬の役割を果たせるかどうかも検証するという。

 これまで岩手県や山形県、福島県では、獣道になりそうなやぶなどを刈り払う際、位置を把握するためドローンが用いられた例はある。一方、捕獲そのものを目的に導入する例は珍しく、成果が注目されている。


 ドローンを操縦するのは猟友会メンバーで「ドローン検定協会公認指導員」の資格も持つ関川明さん(65)。十和田市で発生した山火事でドローンを使い消火活動に協力したこともあるベテランだ。この日も「なんとか見つけて次につなげたい」と意気込んでいた。

 ところが、寒さで電池の持ちが悪いこともあり捜索は約2時間が限界。周辺ではこれまで、県が設置した自動撮影カメラの前をイノシシが通り過ぎる様子が何度も確認されていたが、この日、姿を確認できたのはシカだけ。イノシシは足跡も見つけられず、空振りに終わった。県は今後も実証を重ね、3月に市町村向けの報告会を開く予定だ。


農作物被害拡大 21年度138万円
 県自然保護課によると、県内では明治期に野生イノシシを食用としていた記録があるが、その後の生息は確認されていなかったという。

 しかし近年、県内で野生イノシシの目撃が急増。2019年度は10頭だったのが、21年度は115頭に達し、22年度も2月3日時点で74頭を数える。捕獲数も増えてはいるが、繁殖のペースに追いついていないのが実情といい、担当者は「温暖化で雪が減り、イノシシが住みやすい環境が増えているのでは」と分析する。


 野生イノシシによる農作物の被害は18年度まで県内で確認されていなかったが、19年度は35万円、20年度は34万円、21年度は138万円に上った。稲が被害を受けることが多く、イノシシが体についた寄生虫を払おうと田んぼの中でのたうち回るのが原因とみられる。県食の安全・安心推進課によると、主力農産物のナガイモやニンジン、葉タバコにも被害が出ているという。

 青森県以外でも、捕獲頭数や農業被害額は総じて増加傾向にある。山形県と宮城県は20年度から21年度にかけて減少しているが、両県の担当者は「はっきりとした原因はわからないが、生息数が減っているわけではないだろう。豚熱に感染して死んだイノシシが多かったのでは」は口をそろえる。同じく21年に激減した福島県も、豚熱の影響や年3万頭を超える捕獲の成果だとしたうえで「再び増加に転じる可能性もある」(担当者)と警戒を緩めていない。

 野生イノシシが豚熱を媒介して養豚場の豚に感染すれば、すべて殺処分となって畜産業にも大打撃が及ぶ。青森県内では今のところ野生イノシシ、豚のいずれも感染事例はないものの、豚熱の発生地域は年々北上している。そのため県は危機感を強めており、対策として22年度から猟期を延ばすなどしてきた。今回のドローンを用いた実証実験で有用な成果が得られれば、猟師たちの捕獲効率アップにもつながることが期待される。

 同課の担当者は「県内の被害額は右肩上がり。既に被害が拡大した他地域からは『イノシシは気づくと増えていて手が付けられなくなる』と聞く。豚熱の予防も含めて今後も対策を練っていきたい」と気を引き締めた。【江沢雄志】

毎日新聞 2023/2/12 10:00(最終更新 2/12 10:00) 1658文字
https://mainichi.jp/articles/20230208/k00/00m/040/294000c