滝野隆浩・社会部専門編集委員

 新年早々渡米した岸田文雄首相が「日米同盟の歴史上最も重要な決定」「戦後政策の大転換」と宣言したのが、昨年末に閣議決定された安全保障関連3文書である。

 1月下旬に開会した国会で「丁寧な説明」をするはずが、テーマ山積でなかなか安保関連の議論は深まっていない。そんな中、海上自衛隊の元自衛艦隊司令官、香田洋二さん(73)の新著が注目されている。

 タイトルは「防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態」(中公新書ラクレ)。防衛費増額を訴えてきた人物はなぜいま、防衛省の「失態」を指摘するのか。そして岸田政権の新しい安全保障政策のどこが問題だというのか。じっくり聞いてみた。

 ◇ ◇
現場のにおいがしない
 ――新著はタイトルはじめ、なかなか刺激的な内容でした。

 香田氏 昨年末に安保関連3文書の改定もあり、いままで考えていたことを改めてまとめてみたんですよ。自分の経験を踏まえ、その時々にどう考えたか。大きな矛盾や不合理といったものを、私なりに整理しました。

 ――本の帯には「国防費GDP2%をドブに捨てるな」ともあります。

 ◆「まえがき」で「政治家が軍事の現場を知ろうともせず、また防衛省・自衛隊の内部では背広組の官僚が幅を利かせ、現場を預かる制服組の自衛官の意見が反映されにくいシステムにメスをいれなければならない」と書きました。そういう強い思いがあります。これではこの国は守れない、と。

 ――その立場で見ると、岸田首相が「戦後安全保障政策の大転換」とした今回の3文書改定、そして5年で43兆円という防衛費増をどう評価しますか。

 ◆「マッハ5以上の極超音速誘導弾」だとか「12式地対艦誘導弾の改良」だとか、「次期戦闘機」だとか、多数の民間小型衛星などを利用して情報収集する「衛星コンステレーション」だとか。思いつきを百貨店的に並べた印象ですね。点数もつけられない。国内総生産(GDP)比2%に倍増したといっても防衛予算には限度がある。自衛隊の身の丈を超えたものを「買い物リスト」に入れていないですか、ということです。

 ――身の丈を超えたもの、ですか。

 ◆現場のにおいがしない、と言ってもいい。現場が考えに考え、そして財務省とやりあってつくり上げた形跡がない。たとえば12式地対艦誘導弾だって200キロの射程を1000キロに延ばして敵基地攻撃(反撃能力)と遠距離対艦攻撃の両方に使うという。搭載燃料を5倍にするなら、設計も初めからやらなくてはならない。そんなことが簡単にできるのか。しかも全長、直径とも米軍トマホークの2倍程度の大きさになる。これでは世界一簡単に撃ち落とされるミサイルになってしまう。

 リスクはあるけれど日本としてどうしてもやる必要がある、そのための時間と費用はこれだけかかると訴えるのか、あるいは、この技術については外国から導入したほうがいいですとか、そういう説明がまったくない。

議論の積み上げが足りない
 ――本来は、現場から議論を積み上げていくべきなのですね。

 ◆たとえば海上自衛隊が最初にイージス艦を導入するとき、私は担当者としてかかわりました。40年も前の話です。ソ連のミサイルや爆撃機、最新鋭の電子妨害機には当時の海自の護衛艦では対処が困難でした。そこでアメリカ軍が開発し就航させていたイージス・システム搭載艦を導入したいと考えた。200を超える目標を追尾し複数の目標を同時攻撃できる「超」のつく高性能のイージスを、のどから手が出るほど欲しかったのです。防衛庁(当時)にプロジェクトチームができ内部部局(背広組)と制服(自衛官)が一体となって疑問点を洗い出し実現可能性を検討していきました。妥協は許されないという雰囲気の中で徹底的に詰めて予算要求しましたが、この予算案に立ちふさがったのが大蔵省(現財務省)の担当官。その厳しさはまさに「鬼」のよう…(以下有料版で、残り3184文字)

毎日新聞 2023年2月19日
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230207/pol/00m/010/011000c