病院以外で流産して死体遺棄容疑に問われる例は後を絶たない…必要なのは孤立した女性に寄り添う支援

 死産した双子の遺体を自室に置いていたことが死体遺棄罪に問われ、最高裁が逆転無罪を言い渡したベトナム人元技能実習生を巡る事件は、望まない妊娠、出産で孤立した女性とどう向き合えばよいのかを問いかけた。支援体制の充実を求める声が上がる。(小嶋麻友美、奥村圭吾)
◆逆転無罪判決で最高裁が示した基準とは
 「実務上も大きな影響を与えることになる。(立件の判断に)ブレーキがかかるのでは」。弁護団の松野信夫弁護士は判決後の記者会見で、無罪判決が今後、同種の死体遺棄事件に及ぼす影響を期待した。
 判決で、死体遺棄の判断について「習俗上の埋葬等と相いれない処置と言えるか否か」が基準として示されたことを、弁護団は「限定的で客観的な指標」と歓迎した。これまでは、死者についての宗教的感情を害したかという主観的な要素で判断されることが多かったという。「広がりかけていた遺棄の考え方を絞ったと言える」
◆「自宅で流産したこと自体は罪ではない」
 病院以外の場所で不意に流産したことが、死体遺棄容疑に問われる例は後を絶たない。こうしたケースで女性が行政機関や病院に相談しても、まず警察に連絡が行くのが通例だ。現場検証や事情聴取で、産後で疲弊する女性にさらに負担がのしかかる。
 「自宅で流産したこと自体は罪ではない。産婦人科を受診せず、母子手帳がない女性に病院が不信感、加罰意識を持って対応するのが問題だ」。身元を明かさない「内密出産」などに取り組む慈恵病院(熊本市)の蓮田健院長はそう指摘する。
 孤立出産に追い込まれる女性の多くは、虐待やDV、貧困などの問題を抱えている。蓮田院長は、事例を集めた上で「病院と行政、警察の対応についてガイドラインを作るべきだ」と提言する。
 相談への不安から、かえって遺棄行為を招く事態も出ている。妊娠を家族に言えないまま自宅で死産し、タオルなどに遺体をくるんで公園に埋めた20歳の女性は2月、横浜地裁で有罪判決を受けた。公判で女性は、当初病院などに相談したが、警察に行くように言われて「逮捕されるかも」と怖くなったと証言した。
 同種の事件で女性を弁護してきた佐藤倫子弁護士は「必要なのは医療や精神的サポートなのに、逆に支援から遠ざけることになりかねない」と懸念を示す。
◆弁護士が懸念する「実名報道の暴力性」
 今回の判決でも、何が「遺棄」なのかが明確になったとまでは言えない。佐藤弁護士は、出産を巡る死体遺棄での逮捕件数や起訴・不起訴の処分件数などの統計を分析した上で「死体遺棄罪の要件をはじめ、捜査や支援の在り方を広く議論する必要がある」と指摘する。
 産後の女性の身柄を拘束することへの批判もあるが、法務省幹部は「情報が限られる中、殺人に発展する事案かもしれないと逮捕することはあり得る。捜査の結果、起訴するかは別の話だ」と反論する。実際、不起訴となっている事例も少なくないとみられる。
 ただ、逮捕時の報道で大きな社会的不利益を受ける実態もある。佐藤弁護士は「ネットによって実名報道の暴力性は高まっている。実名報道は極めて慎重であるべきだ」と注文する。

東京新聞 2023年3月25日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/240031