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纒向遺跡で発掘調査をしている
纒向学研究センター 寺沢薫所長
卑弥呼が統治した3世紀初め、突然出現したのが奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡

平成元年、佐賀県・吉野ケ里遺跡の発掘により大型祭殿跡や楼閣のような物見やぐら跡が見つかった

纒向遺跡からは昭和53年、駐車場整備に伴う狭い範囲での発掘で、予想外に、掘っ立て柱建物跡と、凸形に張り出した柵の跡が見つかった

平成21年には、新たに大型建物跡などが東西に一直線で並んでいるのが見つかった

発掘された大型宮殿群は、東西に軸をそろえ、宮殿を思わせる配置であるとともに
東南アジア産とみられるバジルの花粉、中国の桃源郷を思わせる約2700個の桃の種も出土して
シルクロードなどを通じて文物が持ち込まれた、まさに国際都市の要素を示していた。

纒向遺跡に集中する最古級の前方後円墳は、後円部と前方部の長さの比率が2対1で築かれる「纒向型前方後円墳」と呼ばれ

この設計プランをもつ最古級の前方後円墳は、北部九州から千葉県まで100基に上る
ヤマト王権のシンボルの前方後円墳が纒向で誕生し、地方との政治的関係がこの段階で形成され各地に広がったことがわかる

最古級の前方後円墳が集中し、大型宮殿跡がある纒向遺跡は東西2キロ、南北1・5キロに及ぶが、これまで200回も発掘されたが、調査はまだ全体の3%ほどでしか無い