全国でクマの被害が相次いでいる。人に危害を加えた個体はもちろん、人里に現れた場合は大半が駆除される。被害と駆除が増える中、対応した行政に大量の苦情が寄せられ、業務に支障が出るケースが出ている。行きすぎたクレームはなぜ生じるのか。クマの保護は必要だが、駆除はやむを得ない面もある。クマとの共生はどのような形が理想なのか。(宮畑譲)

◆苦情対応しても説明聞いてもらえない

 「ヒグマ有害捕獲へのご理解のお願い」。北海道庁が9月下旬、公式X(旧ツイッター)でこう呼びかけた。というのも、道内で66頭もの牛を死傷させたヒグマ「OSO(オソ)18」が8月に駆除されたことが発表されて以降、道庁などに苦情が次々と寄せられたからだ。

 「1時間以上、抗議を受けることもあって、電話対応だけで忙殺された。中にはうそつき呼ばわりする人や泣き出す人もいて、説明を聞いてもらえないこともあった」。道庁の担当者がOSOの駆除判明直後の様子を振り返る。

 撃ったハンターを特定し、個人攻撃をしたケースもあったという。いざというとき、ハンターがいなければ人の安全を守るのは難しい。また、ハンターの高齢化、なり手不足も懸念されている。

 道庁はホームページでもハンターへの非難が高まると「ヒグマ対策の根幹を担う捕獲の担い手確保に重大な支障を及ぼしかねない」と危機感を表明。担当者は「問題あるクマを必要に迫られて捕獲している。むやみに殺すわけではない」と理解を求める。

◆秋田にも殺到…でも「町内から批判の声は聞かない」

 連日のようにツキノワグマによる被害が出ている秋田県。10月末現在、61人が負傷した。これまでの最多被害は年間20人。既に3倍に上っている。

 中でも10月5日に子グマ2頭と母グマを駆除した同県美郷町には多くの苦情が殺到した。人口2万人に満たない町に電話、メールそれぞれ700件以上が寄せられた。担当者は「直後は仕事にならなかった。『かわいそう』というもののほか、『税金泥棒』や『役場を辞めろ』といったクマと関係のない公務員批判もあった」と言う。

 クマが現れた場所は認定こども園や小学校のすぐ近く。担当者は声を落とす。「危険な状態だった。町内から批判の声は聞かない。県の方針に従って駆除しているが、ご理解いただけないのは残念だ」

 「放獣できないのか」という問い合わせもあるというが、秋田県では、民家近くに戻ってくる可能性が高いことや、放獣場所の地権者の理解を得るのが難しいことから、危険と判断した個体は基本的に駆除している。県の担当者は「苦情を寄せる人の多くは名乗らない。会って要望を伝えるわけでもなく、資料も受け取ろうとしない。一方的に話す方が多い」と話し合いができない状況に困惑する。

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◆放獣、ドングリ撒き…「現実的でない」

 駆除への批判の中には、クマを捕獲して山奥に放すことや、エサとなるドングリなどを山奥にまけば、クマと人との接触を減らせるはずだとの意見もあるという。しかし、佐藤氏はいずれも現実的ではないと説く。「放獣のためには麻酔で眠らせるといった特殊な技術と高額な費用がかかる。エサを山奥にまいても食べるのはクマだけではない。生態系への影響も懸念される上に、よりクマを増やす要因にもなる。効果は限定的だろう」

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◆公務員なら遠慮せずクレーム言える?

 こうした現象をどう考えればいいのか。

 東洋大の桐生正幸教授(犯罪心理学)は「カスタマーハラスメント(消費者・顧客による嫌がらせ)の一種と考えていいだろう。特に税金で働く公務員という意識があり、より遠慮なくクレームを言えるのかもしれない」と分析する。

 あまりに攻撃的な物言いや筋違いな批判は「本来の動物愛護を目的とした意見とは違うものが含まれているように感じる。不満を発散する場になっているのではないだろうか」とみる。しかし、桐生氏がクレームを行ったことのある人へアンケートをしたところ、「晴れやかな気分になった」という人よりも、「嫌な思いが続いた」「すっきりしない気持ちが続いた」と答えた人のほうが多かった。

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◆デスクメモ

 クマ肉を売ってもうけるためでも、趣味としてのハンティングでもない。人間の生命身体や農作物を守るためのやむを得ない駆除だ。それなのに地元民ではない人が、電話で猛抗議をしてくるというのは、どういう了見か。クマの生態系と同時に、世間常識にも異変が起きているのか。(歩)

全文はソースで
https://www.tokyo-np.co.jp/article/288046