見えない困窮

 給料日まで、あと数日。関西で暮らす上野沙織さん(30代、仮名)は財布を開いてため息をついた。数百円分の小銭は今の全財産だ。「子どもたちの食べるものだけでも何とかせな」。夫が入れる生活費が減って2年以上、お金の不安が常に頭につきまとう。

 未婚で娘1人を育てながらパートなどで生計を立てていた2018年、友人の紹介で知り合った建設業の夫(30代)と結婚した。夫との間には息子2人が生まれ、5人家族になった。

 生活が苦しくなったのは、新型コロナウイルス禍が長引いていた21年ごろ。結婚後に一人親方になった夫の仕事が、世界的に木材価格が急騰する「ウッドショック」のあおりで激減した。仕事の依頼が入っても材料がないため取りかかれない。上野さんは収入が減少した世帯向けの貸し付けを申し込もうと提案したが、夫のプライドを傷つけたのか「借りられないだろう」と一蹴され、たちまち困窮した。生活費をめぐって、毎晩のように子どもを寝かしつけた後に口げんかをした。

 さらに、同じ時期に生まれた次男に胸の病気が判明し、入退院を余儀なくされた。だが医療保険の保険料も払えなくなっていたため、入院時の給付金も受け取れなかった。

 当時働いていたスイミングスクールのパートは、入院への付き添いなどで休みを繰り返すうちに、続けられなくなった。口数は少ないけれど優しかった夫は、生活が苦しくなるにつれ暴言が多くなり、一緒にいるのがつらくなった。離婚も頭をよぎったが、幼い子どもたちを抱えながらの生活を考えると思いとどまるしかなかった。

 株式市場は史上最高値に沸いているが、物価高や伸び悩む賃金で生活を圧迫されている人は少なくない。困窮していても助けを求められるとは限らず、存在は見えなくなりがちだ。当事者の暮らしや思いをリポートする。
第1回 奨学金や学費免除を失った大学生
第2回 低年金のため働き続ける70代
第3回 年収300万円台、大学非常勤講師
第4回 十分な生活費をもらえない子育てママ
第5回 病身でも「休めない」非正規公務員

 上野さんは家族の食費や教育費、娘と2人分のスマートフォンの料金を夫からの生活費でやりくりしている。以前は月10万円を受け取り、数万円のパート収入と合わせて生活していた。その頃も貯蓄に回す余裕はなかったのに、仕事が減って以降、夫が入れる生活費は多くて月2万円ほどに激減した。次男の入院費も重くのしかかり、長女が通う小学校の積立金などは滞りがちになった。

 22年にようやく事務職のパートを始められたが、休んでしまえばその分給料は減ってしまう。23年秋には家族が一斉にインフルエンザにかかり、療養や世話のため3週間ほど休まざるを得なかった。元々5万円ほどだった月収が半分程度に減り、夫から受け取るわずかな生活費と合わせ…(以下有料版で,残り1732文字)

毎日新聞 2024/3/3 15:45(最終更新 3/3 15:45)
https://mainichi.jp/articles/20240229/k00/00m/040/108000c