福岡県大野城市の西鉄バス研修センターで、新人などに運転技術を教える定道博子さん(48)。同センターに現在11人いる指導員のうち、唯一の女性だ。センターでは年に延べ約3800人を受け入れるが、「運転手は運転技術はもちろん、お客様とのつながりや感謝の気持ちを大切にすることが重要。『ありがとうございます』と心を込め、感謝の気持ちを伝えられるような運転手を育てたい」と力を込める。

 兵庫県宍粟市出身。短大を卒業後、同県姫路市で10年ほど保育士として働いた。勤めていた病院の託児所が閉鎖することになり、退職か病院での看護補助(ヘルパー)になるかの選択を求められた。

 高校卒業後、すぐに車の免許を取得。車が大好きで、バスやトラックなど大型車を運転することにずっと憧れがあったため、バスの運転手を目指すことにした。短大時代に福岡県太宰府市で過ごしたことや、正社員で採用してくれ、バスの運転免許の取得支援制度がある西鉄を選んだ。姫路市から太宰府市への引っ越しも気にならなかった。

 2006年12月、バスが運転できる大型2種の運転免許を取って入社。研修センターでは、他の男性運転手らとエンジンルームなど約110項目の日常点検の仕方を教わった。バスの運転手は力仕事かと思っていたが、幅約2・5メートル、長さ約11メートル、高さ約3メートルのバスのハンドルにはパワーステアリングがついている。雪が降った時のチェーンの装着や、車いすの介助などを除けば、それほど力は必要なく安心した。

 運転手の勤務は早朝から昼、昼から深夜など大きく四つのシフトに分かれている。日ごとにバスに乗る時間や行き先、運転するバスも違う。また、季節や天候、時間によって乗る人の数、道路の見え方も変わる。そのため、常に先の先を予測して、どうしたらお客さんに気持ちよく乗ってもらえるか考えながら運転している。

 バスの運転を長くしていると、悔しい思いをしたこともある。運転を始めて2~3年したころ、貸切バスの運転をしていた時、「どれくらい乗っているの?」と複数の乗客から運転歴を聞かれた。「女の人で大丈夫かね」と思われないよう、安全運転を心がけた。

 約15年前、大野城市内で路線バスの運転をしていた時、交通渋滞が原因で予定より約15分遅れで運行することになった。「申し訳ございません」。車内アナウンスでおわびしたが、女性の乗客から「これだから女の運転手は」となじられ、投げるように料金を運賃箱に入れられたこともあった。

 最初は運転することに必死だったが、しばらくすると運転だけでなく車内の乗客のことも気にかけられるようになった。お客さんの荷物を下ろすのを手伝ったり、つえをついている人がいたときは、降りやすいように歩道に寄せてバスを止めたりするようにした。「優しい運転ですね」「安心して乗っていられた」と言われると、うれしくなり、やりがいを感じた。

 2カ所の営業所勤務を経た21年7月、研修センターの指導員となった。新入りの研修生の年代はさまざまで、若者だけではなく、転職してきた人、年上の人にも指導する。運転は言葉ではなく、その人ならではの感覚的なところもあるので、それをどうやってうまく伝えるか試行錯誤の日々だ。

 バス業界は高齢化や長時間労働などを背景に、運転手不足がクローズアップされるなど暗いニュースも多い。西鉄では職場環境の改善や育休、産休など子育て支援に取り組んでいる。小学6年生までの子どもがいる運転手には「育児支援ダイヤ」(例えば午前9時~午後5時など)と呼ばれる勤務シフトを設け、子育てをしながら働きやすくした。これらの制度は女性だけでなく、男性も利用することが可能だ。

 これまで世間には「バスの運転は男性」という先入観があったと思うが、実際に長年運転してきた立場から言うと、バスの運転技術に男女の違いがあるとは感じない。むしろ女性は、さりげない気配りができる良さがあると思う。「バスの現場に一人でも多くの女性が入り、男女の運転手がそれぞれの立場でいろいろな意見を交わすことで、女性も働きやすくなるし、バスに対するお客さまの印象も良くなっていくのでは」と期待している。【下原知広】

毎日新聞 2024/3/5 17:07(最終更新 3/5 17:11)
https://mainichi.jp/articles/20240305/k00/00m/040/081000c