「リニア」の遅れは静岡だけのせい? ほかの工区でも後ずれする工事、未解決の問題を考えた:東京新聞
https://www.tokyo-np.co.jp/article/319345

2024年4月5日 12時00分

 リニア中央新幹線の静岡工区着工を認めていない静岡県の川勝平太知事の辞意表明を受け、工事進展への期待感が広がっている。しかし大井川の流量減少や南アルプスの生態系への影響など、県が懸念する課題は残されたまま。そもそも工事は沿線各地で予定通りに進んでおらず、静岡だけのせいにするのはお門違いだ。知事が言うように「立ち止まって考えざるを得ない」のではないか。(岸本拓也、宮畑譲)

 「やっぱり一番大きかったのはリニアだ」。3日の臨時記者会見で、川勝知事は辞意表明の背景をこう明かした。JR東海は3月末に開かれた国の会議で、当初計画していた2027年のリニア開業は困難と正式に表明。早くても開業は34年以降にずれ込む公算が大きくなった。

◆「自然を保全することは国策」

 「従来の工事計画が根本的に崩れた」と強調する川勝氏は「南アルプスは国立公園。自然を保全することは国策だと信じていた。(リニアが)国家的事業とはいえ、物を言わなくちゃいけないと思っていた」と静岡県内の着工を認めなかった理由を話した。

 国が東京・品川—名古屋間の全長286キロに及ぶリニア工事の着工を認めたのは14年10月。名古屋や品川、長野など各工区で工事が始まったが17年10月、大きくこじれた。
 「(JRは)ともかく工事をさせろという態度。堪忍袋の緒が切れた」。川勝氏が、山梨、静岡、長野の3県にまたがる総延長25キロの南アルプストンネルのうち静岡工区(約8.9キロ)の着工を巡り、記者会見で突如反対をぶち上げた。工事の許認可権を持つ県がJRの計画を認めない方針を鮮明にしたのだ。

◆大井川の水量問題で議論が足踏み

 その理由は13年にさかのぼる。JRがトンネル工事で地下水が外に流れだし、大井川の流量が最大で毎秒2トン減るとの予測を示した。県は「約60万人分の生活用水に匹敵」と主張。減った水を全量大井川へ戻すよう求めたが、JRは「全量までは必要ない」と反論し、議論は膠着(こうちゃく)した。

 川勝氏の怒りもあって、JRは18年に全量を戻すことを約束したが、19年に一定期間は戻せないことが発覚。両者の協議は紛糾し、国土交通省が議論を引き取る形で20年に有識者会議を設置した。

 一方、県は有識者らがJRと技術課題を議論する「専門部会」を19年に立ち上げ、(1)大井川の水量問題(2)水生生物などへの影響(3)トンネル掘削で発生する土砂の管理—の3点を柱に、47項目の技術課題を挙げて議論を進めてきた。

 23年12月、国の有識者会議は、JRの進める環境保全対策などは「適切」とする報告書をまとめ、リニア前進の方向性を示した。県は今年2月に「47項目の課題のうち、生態系保全や発生土などについて30項目が解決していない」と反論、協議の継続を求めている。

◆消える重し役、知事交代で即着工はある?

 川勝氏の辞職で状況は変わるのか。県の渡辺光喜・南アルプス担当部長は「もともと県はリニア事業自体には賛成の立場。それは今も変わっていない。残りの課題は明確で、今後も粛々と協議していくことに変わりはない」と話す。
 大井川の水資源と南アルプスの自然が脅かされるとして工事に反対してきた市民団体「リニア新幹線を考える静岡県民ネットワーク」の林克・共同代表も「専門部会をはじめ、県の組織体制はしっかりしている。新知事になっても、すぐに着工できるとは考えにくい」としつつ、不安も抱く。「リニアを巡って関係者の意見対立はあるが、川勝氏のにらみで抑えられていた部分はある。具体的に課題が解決していない中で、重し役がいなくなることの危うさはある」

 「一つの石が取り除かれた」。長野県駅(仮称)が設置予定となっている長野県飯田市の飯田商工会議所の原勉会頭は、川勝氏の辞意表明を受けてこう表現した。同市の佐藤健市長も「最大の不安定要素が一つクリアされる可能性が出てきた」とコメントを出した。

◆「静岡悪者論」ばかり強調されるが…

(略)

◆デスクメモ

 リニアの基本計画ができたのは1973年。浮上走行で時速500キロ超という「夢の乗り物」に私も心を躍らせた。半世紀がたつ今、南アルプスの自然を壊し、7兆円を費やしてまで必要か首をかしげる。価値観のアップデートは失言知事だけでなく、リニア計画にも必要なのでは。(恭)