早いもので2017年も半分近くまできてしまったが、「実は今年は西暦1720年なのだ」と言う人が現れたら、まずは正気を疑うしかないだろう。しかし驚くなかれ、ある学者によれば中世ヨーロッパ史の297年間は捏造されたものであるというのだ。

■西暦614年から911年までの297年間は後から“水増し”された?

ヨーロッパ中世史の一部で水増しと捏造が行われている……。もし本当なら文字通り歴史を覆す発見ということになるが、ドイツの歴史学者、ヘリベルト・イリグ氏はヨーロッパ中世の西暦614年から911年までの297年間は、後から“水増し”されたものであって、本来存在していないものであると指摘している。そしてこの説によれば現在はなんと1720年ということになる。

この驚くべき説は、ファントム時間仮説(Phantom time hypothesis)と名づけられ、1991年に出版された自著でイリグ氏が提唱している。

ではいったい誰がわざわざそんなことをたくらんで実行に移したというのか? イリグ氏によれば“犯人”はローマ教皇のシルウェステル2世(950‐1003)、神聖ローマ皇帝・オットー3世(980‐1002)、東ローマ帝国の皇帝・コンスタンティノス7世(905‐959)が西暦の年代数を大幅に加算したというのだ。

しかし年代を改変して、いったい何の得があるというか? なんとその主な理由は、オットー3世が歴史的に節目となる年である西暦999年と1000年、いわゆる“ミレニアム”の区切りの世に君臨することを意図してのことであると説明している。つまりオットー3世が“ミレニアムの皇帝”として、後世にも輝かしい栄誉を残したかったからであるというのだ。とするならば、オットー3世は本来は西暦638年から705年の人物ということになる。

1582年にヨーロッパではユリウス暦から現在の西暦であるグレゴリオス暦に切り替えられ、その年の10日間が切り詰められたという経緯があるのだが、1582年に計算したのであればギャップは13日になるはずであるとイリグ氏は指摘している。そして1582年が実は297年前の1285年であったとすれば、この10日という修正すべき誤差が導き出されたことの説明がつくということだ。

(以下省略。つづきはウェブで!)

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