http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/012300028/
■宿主に貼りつくためのセメント様物質、「拒否反応少なく、強度も十分」
 致死率30%というウイルスをはじめ、恐ろしい病気を媒介する寄生生物のマダニは、自前の接着剤で皮膚に貼りついている。

 700種以上いるマダニ科の仲間は、まずペンチのような器官で宿主の皮膚を切り裂き、細長い口器を差し込んで取り付く。
だが、動き回る宿主の皮膚に、ときに1週間以上もしがみついているのは簡単ではない。
そこで、血を吸う場所で接着剤を使うわけだ。しっかり固まるこの接着剤は「セメント様物質」と呼ばれる。

「すべての種がこの技を持っているわけではなく、その量も種によって異なります」と言うのは、科学誌「Biological Reviews」に
マダニのセメント様物質に関する論文を発表したシルビア・ニュルンベルガー氏だ。

 今回の論文のために、オーストリア、ウィーン医科大学整形外傷外科学部の研究者であるニュルンベルガー氏らのチームは、
接着剤が含まれるダニの唾液に関する既存のすべての論文に目を通した。
おかげで、これまで報告例の少なかったセメント様物質に関して広い観点から考察できたという。

■宿主の免疫系をもてあそぶ

 マダニの唾液には、接着剤のほかにも、宿主の免疫系を抑制したり、痛みやかゆみを抑えたりして、血を吸っていることを
気づかれないようにする成分も複数含まれている。
「マダニはいわば、宿主の免疫系をもてあそんでいるのです」とニュルンベルガー氏。

「あまり注目を浴びてこなかった課題に関する、驚くほど詳細な考察」と彼らの研究を評価するのは、
米ウィスコンシン大学マディソン校獣医学科の疫学教授トニー・ゴールドバーグ氏だ。

 同氏によると、マダニに限らず、ヒルや蚊などを含むあらゆる吸血生物は、
「血を吸う相手の宿主が身を守るために繰り出す激しい攻撃にさらされる」ことになるという。

 ゴールドバーグ氏は数年前、ウガンダを訪問した後、自身の鼻の中に取り付いていた新種のマダニを発見した。
「あのマダニが強力な接着剤を持っていたのは間違いありません」

■宿主を弱めつつ、自分を守る

 マダニの唾液にはまた、病原体に抵抗する宿主の防御機能を弱める成分も含まれる。

「マダニの唾液には相反する機能があります。接着剤が持つ作用のひとつは抗菌です。
抗菌作用は、マダニが自身の感染症を引き起こすのを防ぐためのものです」とゴールドバーグ氏は言う。
「一方でマダニが媒介する病気は極めて多く、唾液を通じて我々に感染します」

 マダニがどのようにして宿主の皮膚から離れるのかはまだよくわかっていない。
だが、ニュルンベルガー氏は、彼らは口器をもぞもぞと動かして、ペンチのような器官を引っ込めるのではないかと考えている。
また、唾液に接着剤を溶かす成分が含まれる可能性もある。

■医療への応用が有望なわけ

 マダニの唾液が興味深いのは確かだが、その研究には単なる楽しみ以上の目的がある。
 ニュルンベルガー氏のチームは現在、この接着剤の性質を利用して、医療用接着剤を作る研究を進めている。
この物質は人間の傷や骨折の治癒や、移植組織を体に接着したりするのに役立つ可能性を秘めている。

 すでにフジツボ、イガイ、ウニなどを利用した生物学的接着剤が開発されているが、ニュルンベルガー氏によると、
マダニの接着剤はそれ以上に有望だという。

「マダニが使っているのはそもそも人間の組織に接着できる物質です」とニュルンベルガー氏。
「ですから、拒否反応が少なく、接着強度も十分だろうと思われます」