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福井県外のある高校3年生男子は、クラス全員から「体臭が強い。近寄るな」と言われた。廊下を歩くと、他の生徒は端に寄り、かに歩きのようにしてすれ違った。担任に相談すると「朝シャン(朝の洗髪)して来い」と逆に注意された。生徒は毎日“朝シャン”をしていた。いじめられていることを父親に話すと「男のくせに、何だ」と怒鳴られた。どこにも逃げ場はなかった。

2013年11月、身を投げるために坂井市の東尋坊にやって来た。雨が降る中、東屋で休んでいるところを、自殺防止活動をするNPO法人「心に響く文集・編集局」のスタッフに保護された。

2学期が始まったばかりの昨年8月31日午後6時半ごろ、高校2年生の女子生徒は東尋坊の岩場の先端に座り込んでいた。「宿題が提出できず恥ずかしい思いをした」。県外の進学校に通っていた。勉強についていけないと両親に言っても「退学なんて恥ずかしい」の一点張り。暗くなったら、海に飛び込もうと考えていたところ、同NPOの茂幸雄代表(73)に声を掛けられた。

連絡を受けた学校は「今年も勉強についていけない生徒20人が退学した。彼女の親にも退学を勧めた」。現場に駆け付けた父親は娘を見て「やっぱり」と言った。茂さんは、娘が追い詰められていたことを分かっていた父親の言葉に怒りを感じた。「なぜ娘の味方になってやれなかったのか」。娘には漫画家になる夢があった。

本当に死にたいと思っている人はいない

2004年に立ち上がった同NPOが、これまでに救った609人(1月22日現在)のうち、未成年者は22人。その中には自転車で来た県内の高校生も含まれている。

スタッフは、とにかく声を掛け、嫌がって逃げる人でも捕まえて、事務所に連れて行く。すると、ぽつりぽつりと話し始めるという。「飛び込む寸前になっても、本当に死にたいと思っている人はいない」。茂さんがたどりついた結論だ。断崖に立ってなお、救いを待っていた。

警察庁によると、16年の自殺者数は2万1897人で7年連続の減少。しかし5歳ごとに区切った年齢階級別でみると、15歳から39歳までの5階級で、死因の1位だった。自殺対策白書は「若い世代の自殺は深刻」と指摘する。

たった一人、味方がいれば…

「私はいつもおびえている。早く楽になりたい」。ある女子中学生の遺書は「くたばれ!」の文字で締めくくられている。保護されたある高校2年の女子生徒は「この世から消えたい。家にも学校にも私の居場所はない」と泣き叫んだ。

茂さんは「未成年者の自殺の動機は周囲に対する抗議に尽きる」と話す。そして「たった一人でいい。家族でも友達でも先生でもいい。たった一人、味方がいれば自殺をすることはない」と断言する。

昨年、アパートで9人の遺体が見つかった神奈川県座間市の事件。容疑者は自殺願望がある女性たちに「一緒に死のう」と誘った。茂さんは「女性には容疑者がたった一人の味方に見えたんだろう」と話す。

行き場をなくし、吸い込まれるように東尋坊にやって来る若者たち。しかし、こんな言葉で、救われる命もあるという。

「おーい、めし食ったか」