1997年に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件で、小学6年の土師淳(はせじゅん)君=当時(11)=が亡くなってから24日で21年となるのに合わせ、父親の守さん(62)が神戸新聞社の取材に応じた。加害男性(35)から例年は命日前に届いていた手紙が今年は途絶えたことに触れ、「ちゃんと向き合ってほしい。彼にとってもいいことではない」と危惧した。一方、6月に解散する「全国犯罪被害者の会(あすの会)」の副代表幹事として、犯罪被害者の権利確立に奔走した日々を振り返り「『お父さん、頑張ってきたよ』と言える」と語った。(小林伸哉)

 事件当時14歳だった加害男性からの手紙は2004年に初めて届き、以降も淳君の命日前に、仲介の弁護士から渡されてきた。しかし男性は15年、遺族に無断で、事件について記した手記を出版。守さんは「思いを踏みにじられた」と16、17年は受け取りを拒んだ。

 突然途絶えたことに、「手紙を書く行為は、事件と向き合うこと。私が受け取るかどうかと、彼が書くことは別の話」とする。守さんにとっても、加害男性からの手紙を読むことはつらい行為だが、「なぜ命が奪われたのか。『なぜ』を知るために読んできた。未来永劫(えいごう)受け取らないつもりはない。(男性からの)答えは今後も待ちたい」と語る。

 一方、00年に発足した「あすの会」は6月3日、一定の目標達成や会員の高齢化から解散する。「寂しい気持ちは当然あるが、この18年間よく頑張ってきたな、というのが偽らざる気持ち」と守さん。「次の被害者に同じ思いをさせたくない」との思いから、妻を刺殺された設立メンバーの岡村勲弁護士らとともに、国会で意見を述べるなど精力的に関わった。

 活動は、被害者の権利保護をうたう犯罪被害者等基本法の成立▽被害者側が刑事裁判で質問できる参加制度創設▽被害者らによる少年審判の傍聴を可能にする少年法改正▽殺人など重大犯罪の公訴時効廃止−などに実を結んだ。

 「動かないと思っていた刑事司法制度が動いた。重要な法律は被害者自身でつくってきた。誇りに思う」。今夏には神戸市で、家族が犯罪被害に遭った子どもに対し、家庭教師費用などを補助する全国初の条例が施行予定だ。淳君の2学年上の長男が学校に行けなくなり、苦しんだ体験を踏まえた「被害者のきょうだいへの支援を」という守さんの要望がきっかけだった。

 ただ「まだたくさんの課題がある。少年審判でも、成人の裁判と同様の参加制度を実現したい。被害者の心情を傷付けるような、加害者による出版物を規制することも必要」と指摘する。

 今後も「ひょうご被害者支援センター」の役員として「少しでも被害者を取り巻く環境を改善したい」とし、「犯罪被害は誰にでも起こり得る。みんなで苦しみを減らす道を考えてほしい」と呼び掛ける。

【神戸連続児童殺傷事件】神戸市須磨区で1997年2〜5月に小学生5人が襲われ、同年3月に小学4年の山下彩花ちゃん=当時(10)、同年5月に小学6年の土師淳君=同(11)=が死亡した。兵庫県警は同年6月、殺人などの容疑で中学3年の少年=同(14)=を逮捕した。少年は関東医療少年院に収容され、2005年に退院した。


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神戸新聞NEXT 2018/5/24 05:05
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201805/0011286190.shtml