「ハポン」姓でつながる縁 子孫ら21人が仙台楽しむ 慶長遣欧使節団にルーツ
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400年以上前、支倉常長ら慶長遣欧使節団が立ち寄ったスペイン南部のコリア・デル・リオ市に住み、「ハポン(日本)」姓を名乗る使節団の子孫ら21人が仙台市を訪れている。一組のカップルが神前結婚式を挙げたり、仙台藩祖伊達政宗の霊廟(れいびょう)「瑞鳳殿」(青葉区)を訪れたりするなど、祖先ゆかりの地の夏を楽しんでいる。
「仙台で式を挙げられて、日本に縁のある姓を持つ者として光栄だ」。7日、青葉区の仙台勝山館で結婚式を挙げた新郎フアンカルロス・ハポンさん(44)は満面の笑みを浮かべた。白無垢(むく)姿の新婦ジョランダ・メドゲーラさん(39)とともに、仲間から次々と祝福を受けた。
2人は今回、初めて来日。日本の伝統にのっとった結婚式にずっとあこがれていたという。雅楽が流れる会場で幸せをかみしめた。
式後、一行は瑞鳳殿を訪問。東日本大震災以降、コリア市で毎年3月11日に開く追悼式で歌っている復興支援ソング「花は咲く」を日本語で合唱した。
使節団の1人松尾大源の子孫で、長崎市から駆け付けた高見正明さん(85)と対面した「ハポン・ハセクラ協会」会長のフアンフラン・ハポンさん(50)は「ここで歌い、高見さんと会えて感動している。歴史的に大事な瞬間になった」。高見さんは「初めて会ったのに家族のような感じがした」と語った。
伊達家18代当主の伊達泰宗さん(60)は「この瞬間に立ち会えて良かった。来年3月、今度は私がスペインに行き『花は咲く』を一緒に歌いたい」と話した。
一行は使節団と現地の人の間に生まれたとされる子どもの子孫とその家族。自分たちのルーツを知ろうと、ハポン姓との交流を促進する「ハポン・ハセクラ後援会」(仙台市)などの支援を受けて来日した。
常長の墓があるとされる光明寺(青葉区)、政宗生誕の地の石碑がある上杉神社(米沢市)などを訪れたほか、仙台七夕まつりの吹き流しや前夜祭の花火も観賞した。
河北新報 8/8(木) 10:38
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190808-00000005-khks-soci >スペイン南部のコリア・デル・リオ市
もう侵略の成果を上げたのか恐ろしい 昔ハポンさん達のDNA解析したニュースあった気がするんだけど・・・やっぱり日本人のDNA入ってたのか? 今度は私がスペイン行ってとか言ってる時点で糞ニュースになった。 DNA鑑定の結果は、何も関係なかったはず。
こういうオカルト的な事はやめろ。
ニュース報道するならDNA上は全く関係ない。って言えよ >>3
ずっと属国だったゴキブリ国家にはこういう歴史がないからなw 戦国時代に戦で捕った領地の住民を奴隷に売ったって言う話を聞いた。
買ったのはイエズス会とかで、売り物を買って何がおかしいの、って言う理屈らしい。
その子孫があちこちに残って居るらしいね コリア・デル・リオ Coria del Río
ハポン Japón 花嫁衣装、ゴージャスだ
ウエディングドレスに憧れる日本人
花嫁衣装に憧れるスペイン人
そういうものなのよ ★文科省が1700万円予算支出した研究の結果、
ハポン姓の人達には、日本のDNAは含まれていない。という結論が出ただろ?
★報道するなら、事実を報道しろ!
研究題名
伊達政宗の遣欧使節の末裔といわれるスペイン「ハポン」姓の人々のゲノムワイド解析
研究課題/領域番号
24405017
研究種目
基盤研究(B)
配分区分 一部基金
応募区分 海外学術
研究分野 自然人類学
研究機関 名古屋大学
研究代表者
山本 敏充 名古屋大学, 医学(系)研究科(研究院), 准教授 (50260592)
研究分担者 斎藤 成也 国立遺伝学研究所, 集団遺伝学系, 教授 (30192587)
連携研究者 徳永 勝士 東京大学, 大学院医学系研究科, 教授 (40163977)
研究協力者 布施 昇男 (長崎 正朗)
河合 洋介
カラセド アンジェル
研究期間 (年度) 2012-04-01 – 2017-03-31
科学研究URL
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-24405017/ あの時代に国際結婚はすごいわな
何がよくて日本人と結婚したんだ >>20
結婚してないし、DNAの痕跡もない。
完全に無関係な、自称ハポンさん達です。
19を御覧ください >>14
19レスを見ろ
研究結果が公開されている >>19
「とされる」って書いてあれば断定はされてないんだが。
だいたいその研究に100%の信頼があるのかもわからないし。 >>5
いや、判明しなかったよ
でも気にしないことにしたらしい笑
信じたい物を信じるってのもこういう場合なら悪くないんじゃないかな オカルト好きだなぁwwww
何百人を対象とした大規模なDNA検査やって、全く痕跡なしの結果、出てたやろ。 コリアなのにハポンなの?
実は朝鮮系なのに日本系になりすましたのでは? >>23
四百年前だろ
二十代近く前
相手は全て西洋人だからな
約10の6乗分の一なんだよね
わずかなものなんだが >>29
そもそも、外国に日本姓を名乗る人がいることがメインでDNAの有無は枝葉末節じゃないの? 韓国みたいに古代日本の支配下、影響下にあった場所なら日本人の遺伝子は残っているが、
このハポンさんたちの祖先が日本人だとしても人数が僅少すぎる
とっくに遺伝子の海に拡散し、消えているよ ハポン自体は慶長使節団の日本人ブームで、
流行りで付けた人たちだから。 数名残った事は確かなんだよね
だから何か関係あるのでは この使節団の到着辺りからハポン姓が文献に現れだしているのと、蒙古斑の子が産まれることから、自分たちは侍の子孫!ってなっているようだね
少なくとも侍や日本のイメージが格好いいもので、そのルーツを誇れると思っている限り、DNA鑑定とか気にしないことにするだろうさ >「仙台で式を挙げられて、日本に縁のある姓を持つ者として光栄だ」。7日、青葉区の仙台勝山館で結婚式を挙げた
この勝山てのが仙台の伊達家御用達の豪商造り酒屋の勝山酒造で古くから伊達家と縁が深く昔はスケートリンクも運営してた
サンド伊達の婆ちゃんは勝山家から嫁に来たらしい >>29
子孫ってことでいいんだよ。
何百年も前の話にDNAをもってきて否定するのが野暮。
初代の存在は文句ないんだから、あとはグレーにしとけばいい。
家系図的に偽っていなくても、不倫だの何だの入れ替わりがあるのは、ある意味当然。
そんな事はどうでもいい。 被差別部落の伝承に似ているわ
あまり良い一族ではないな 一番問題なのはコイツ
>伊達家18代当主の伊達泰宗さん(60)は「この瞬間に立ち会えて良かった。
>来年3月、今度は私がスペインに行き『花は咲く』を一緒に歌いたい」と話した。 伊達なDNAを持ってないハポンさんがいたからって
ハポン姓全員が全員DNA持ってないことになるわけないだろバカだな つまりサムライの子孫か
でも日本人の面影まるで無しw DNA鑑定終わったの?
>>47
そだよ。いまの上杉神社(米沢城址)の場所と違うらしいが。
高畠に伊達政宗(同名の祖父)の墓ある >>55
秀吉も怒ってるんだよな。奴隷として売った日本人を戻せ、俺が金払うって言ってる
現代の価値観で非難されとるが、秀吉の伴天連追放令にはそういう要素もある 800人のハポン姓の子孫のうち男50女50の(唾液より信頼性が高い)血液試料から
仙台藩士の子孫との同定のみならず日本人に特徴的な遺伝子との照合を行った結果
日本人特有の遺伝子は見つからず
アンダルシア人またはそれに近い遺伝子しかみつからなかったって言ってるんだから
要するに科学的には血縁関係はないってことだよ 明治に岩倉使節団が欧州視察に意気揚々と出かけたらなんの成果もあげられず
しかも反政府勢力の伊達藩が300年も前に大規模視察団を派遣してた事を知りメンツが丸潰れだったそうな >スペイン南部のコリア・デル・リオ市に住み、「ハポン(日本)」
スペインなのか、韓国なのか、日本人なのかはっきりしろ >>62
スペインのコリアに住んでいる時点で・・・ 日本への移民を優遇したれや
シナチョンよりはマシや容姿的にもな 天正遣欧少年使節の四人も、ひょっとしたら子孫がヨーロッパにいるんじゃないかと想像
日本を出るとき13,4歳だったと言われるが、ヨーロッパから帰るときは17,8歳
だから、結婚はしないまでも「誘惑に負ける」ことはあっただろうし >>6
Japon ハポンは日本
日本人はJapones ハポネス な。 コリア(Coria)は
ローマ以前に小石または高所を意味していた”caur ”に起源を発し
(要塞があったことを示唆する)
これが転じてローマ支配時代に”Caura” ”Cauria”になり現在の名前になった
スペインには同じ起源の名前のCoriaが他にもある
Del Rioは「川の」 >>62
でもこの辺の人蒙古斑が出るって言ってなかったか?
蒙古斑、日本人じゃなくモンゴル人由来だったりして? 「ケネディが上杉鷹山を尊敬していた」と同じで
嘘も100回言ってたらそれにまつわる利権(双方の交流)が生まれて引き返せなくなって
歴史学的・科学的証拠がなくても政治的に「断言はできないじゃないか」と
本当だといことにされちゃうやつ >>66
違うよ。
何百年も前の話にDNAを持ってきて否定しようと
いうのが間違いなの。
日本人っても、両親日本人でDNAが100%日本
であっても、生まれた時からアフリカの山中で
狼に育てられたら日本人とは言えないイキモノ
になるだろ?
それと同じで日本人とは単なる化学物質としての
DNAだけではなく、文化・歴史・伝統・自覚によっ
ても定義づけられるものなわけ。
そして、決定的なのは、ドイツでDNA調査をしたら
全体の1割だか3割だかは不倫の子(托卵)と分
かってしまったという事実wwww
みんなが建前上は、健全な家族を演じていても
DNA的にはぐっちょんぐっちょんというのが現実。 >>55
人身売買なんか戦後もしばらくはやっていたし 「うちの一族には蒙古斑が出る」とかいうてた一族の
Y染色体(ネトウヨがよく勝手に科学を引用するように男系が維持されてりゃ何代前だろうが一緒)
を調べても関連がみつけられなかった
ということはないんですよ >>81
>>19のリンクをたどれば
日本語で研究報告の資料が見れるぞ
>今回の研究では、遺伝的な日本人の痕跡は、科学的に積極的に証明されなかったが、
>今後より多くの予算を使用して、新しい科学手法・コンピュータ解析技術が開発されることにより、
>将来的に、証明される可能性が残されていることも合わせて説明した。
こんなことも書いてあるけどこんなの科学者が慎重に慎重を期していう
「STAP細胞がないとはいえない、小保方の研究は証明していないというだけ」と同レベルだから >>30
綴りが違う
日本の発音の問題で同じに見えるけど向こうからしたらランチと団地位違う >>82
図3.クラスタリング解析結果
これに寄れば、日本人とは別集団だが、アンダルシアの集団とも異なるとなっている。
ハポン姓の方はやはり何かがあるのだろうな。この論文は800人の内の100人(男女50人ずつ)の結果。
今回の男性50人には男系では残っていなかった。
残りの700人と検査方法の精度がより上がれば痕跡は見つかるかもしれないね。 >>44
どういう教育を受ければこういう科学を否定する人間に育つんだろ?(笑) >>13
それは教科書では習わんけど、戦で負ければ当たり前のことだったようだよ。ローマ帝国でも人口の
半分近くは奴隷だったというから、人間の本性はやはり動物から抜けられん。日本人で東南アジアンに
売られた者は相当いたはずだ。
だから戦争の絵図に描かれてるだろう、一般庶民が一生懸命に戦いから逃げてる。女子供が一番に捕まる。 無粋だねえ
いいじゃないの、本人たちが楽しそうにしてくれて日本に来て良かったと思って帰ってくれたら 南米系は八木とか中田に音が似てるから日本人とつながりあるといって
日本人をぶっころしまくるゴミども
来年からアベのおかげで大挙して来る >>96
日本の葬式は白装束だったんよ、欧米にならって黒になった コリア・デル・リオ市・・・
ネトウヨ誘引剤だなww スペイン語で
タコはアシハポン
イカはアシジュポン
下着はハダジュバン
豆知識な 多くの日本人奴隷が売り飛ばされたからヨーロッパだけじゃなく東南アジアにも子孫が
居るかも >>3
由緒正しい人たちだろうから、そんな事はしない
するのはチョンだけだろ >>113
スレタイの「ハポン」に反応するのがここには3人ほどしかいないとは…
プロレスが今ブームとかありゃウソだなw 使節団は日本-太平洋-メキシコ-大西洋-欧州と移動した
欧州内でも数年かけて滞在した
船にも使節団にも日本人以外の付き添いがたくさんいた
そうした人達の子孫が使節団御一行様の子孫として
語り継がれたなら日本人の子孫と誤解の可能性は少しある
400年もたてば男子直系は少ないわけで
日本人の子孫であってもDNAはかけ離れるだろうな 船を動かすには多量の人足が必要だからな
港に着くたびに逃げられるし、超絶ブラックだし
港ごとに人員補充しなきゃ航海なんか出来んわ
奴隷の身分だけど、あの時代、庶民農民はみんな奴隷だからな。
今に例えるならサラリーマン以下全員奴隷みたいなもん。
奴隷自体は珍しくもなんともない「普通の庶民」
支倉使節団はメキシコ経由でヨーロッパに行ったから
メキシコでも逃げた奴いたろうなぁ >>120
あるアニメだとメキシコにも子孫がいたなあ 慶長遣欧使節はメキシコ(ヌエバ・エスパーニャ)まで船
そこから約30名の使節だけ陸路で大西洋側へ
そこからスペインの船でヨーロッパ
だから水夫などはヨーロッパまでいってない
帰りは同じ船で水夫などは先に帰国して、メキシコまで2回目の航海でもう一度迎えに行った
このスペイン〜メキシコ行き帰りで引き算して数が合わない分を
「宿泊地であるコリアデルリオの現地にとどまったのではないか」と仮定している
(滞留の証拠となる直接的な文献の記録はどこにもない) 説明を端折ってしまったが日本からメキシコまでは言った船というのが
仙台藩が作ったサン・ファン・バウティスタ号
出展はPDF直リンを避けるが
エレナ・ガジェゴ・アンドラダ「支倉使節団の残した人間的な絆」 (pdf) 『上智大学外国語学部紀要』第49号」 >>121
政宗の頃はまだそこまで身分制は厳しくないでしょ 同じエッセイに支倉の同行者(護衛隊長)でフィリペ3世の御前で洗礼を受けた
トマス・フェリペ・カバジェロ=ハポンという人が支倉が帰国した後の1622年にスペインにいたという話が書いてある
しかし修道士の立場で苗字を引き継がせて子孫を残すとは考えられないし
またスペイン側の記録ではわけあって後日メキシコから別途帰国したことになっている
これが唯一の残留日本人らしき人の記録
カバジェロ=ハポンは同論文では「紳士」と訳しているが”日本の騎士(caballero)”と言った方が意味が通ると思う
残留したが宗教には身を捧げなかった”カバジェロ=ハポン”が出入国の記録で数があわない分に
別途いたとしたらハポン一族の起源として成立するけど
肝心の同市の1614年から1665年までの洗礼の記録(=日本の過去帳と同じように機能する戸籍記録)
が残っていないというから、追跡不能 >>126
洗礼台帳に身分が記載されてるので、
国外に出て利便性のために洗礼を受けたような人は便宜的に身分を書かれるんよ
まあ、農民や使用人レベルは一律「奴隷」よ。
今のイメージの奴隷とだいぶ違う。
どのみち人権もへったくれもない時代だし。 縄文人ネタでもそうだけどDNA厨って鼻息荒げて連投するよなw 養子とか入ってきたりすると血統の継続性は無くなるが家としては残るな >>1
天正15年(1587年)6月18日、豊臣秀吉は宣教師追放令を発布した。
その一条の中に、ポルトガル商人による日本人奴隷の売買を厳しく禁じた規定がある。
日本での鎖国体制確立への第一歩は、奴隷貿易の問題に直接結びついていたことがわかる。
日本人を奴隷として輸出する動きは、
ポルトガル人がはじめて種子島に漂着した1540年代の終わり頃から早くもはじまったと考えられている。
16世紀の後半には、ポルトガル本国や南米アルゼンチンにまでも日本人は送られるようになり、
1582年(天正10年)ローマに派遣された有名な少年使節団の一行も、
世界各地で多数の日本人が奴隷の身分に置かれている事実を目撃して驚愕している。
「我が旅行の先々で、売られて奴隷の境涯に落ちた日本人を親しく見たときには、
こんな安い値で小家畜か駄獣かの様に(同胞の日本人を)手放す我が民族への激しい念に燃え立たざるを得なかった。」
「全くだ。実際、我が民族中のあれほど多数の男女やら童男・童女が、
世界中のあれほど様々な地域へあんなに安い値でさらっていって売りさばかれ、
みじめな賤業に就くのを見て、憐 憫の情を催さない者があろうか。」
といったやりとりが、使節団の会話録に残されている。
この時期、黄海、インド洋航路に加えて、
マニラとアカプルコを結ぶ太平洋の定期航路も、
1560年代頃から奴隷貿易航路になっていたことが考えられる。 奴隷を売ったってことはその元になる人間を集めたり攫ったりしていたやつがいたわけで。
上杉謙信の副業とか大坂落城後の乱取りなんかまさにそれだろ。 遺伝的にはつながりがないのに、なんでハポンなんていう名前を付けたのかな。
日本人は差別されされそうなのに。 遣欧少年使節団はポルトガルで鎖に繋がれ半裸の日本人奴隷たちの檻に案内されて
ショックを受けたと手記に残してる、宗教の教えと現実との違いに悩んだそうだ >>62
その人達の中に日本人の男系男子の子孫はいたのかな?
男系男子ならY染色体は父親から息子へコピーされるから日本人のものかわかるはず。 普通に外人だろw
俺は5千代先の先祖は黒人らしいから無料でアフリカ旅行に連れてって欲しい
できればエジプトで途中下車してピラミッドを見物させてくれよ >「我が旅行の先々で、売られて奴隷の境涯に落ちた日本人を親しく見たときには、
>こんな安い値で小家畜か駄獣かの様に(同胞の日本人を)手放す我が民族への激しい念に燃え立たざるを得なかった。」
白々しい嘘を吐くなよ 乱捕りとか日本でもごく普通にやってただろw >>103
三国志の動画見たら葬儀は白装束だった
中国の影響を受けたんだろうな >>136
日本の場合は年季奉公だろ
最近NHKあたりが明治以前の年季奉公を
日本の奴隷制度だとかホザイテるけど
アメリカへの年季奉公の類だと思ったら
実際は奴隷契約でしたって高橋是清が体験してるんだが?
因みに是清は同じ奴隷となってた中国人らと結託して奴隷主に反旗を翻し
裁判所に訴えて契約の無効を勝ち取ってる
英語のIndentured servantは一般に年季奉公と訳されるが
日本の年季奉公と違い、年季奴隷と訳した方が良いくらいのモノ
高橋是清もこれで勘違いしていたので彼の著書でも「奴隷」と書かれてた 使節団の人たちやることやってたのねとか思ってごめんなさい >>55
あの当時の宣教師って、奴隷売買やってたクズが多かったからな >>146
朝鮮半島も白装束多分そっちから日本に人ともに文化もやってきた 使節団の子孫じゃなくて
使節団の世話してた人達の子孫とかでしょ
日本人とその子孫が自分の苗字を名乗るなら田村とか小野寺とかで
日本とは名乗らないはず 使節で行っただけで子作りしたニカ。
すけべジャップの血は昔からだったニダね。 >>154
教会に現地名を付けられちゃうんだよ
で、ダ・ビンチとか(これはイタリアだけど)
〇〇of 地名、みたいに、名字として出身地を付けられちゃうのはきわめて一般的
欧米人の名前でデなんちゃら、ダなんちゃら、ディなんちゃら、ドなんちゃら、
ってDから名字が始まる人はたいがいが出身地名が名字になった人だよ
ディカプリオとかデロリアンとかディズニーとかデニーロとか。 >>120
なぜかeternalコピペを思い出した ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています