外食大手コロワイドが定食チェーンを展開する大戸屋ホールディングス(HD)に仕掛けた敵対的買収は、株式の公開買い付け(TOB)が成立しコロワイド側に軍配が上がった。折しも人気テレビドラマ「半沢直樹」で敵対的買収が題材になったこともあり、インターネット上では「リアル半沢直樹だ」とも騒がれ注目が集まった。だが、現実の買収劇の取材を通じて目の当たりにしたのは、資本の論理に翻弄(ほんろう)される従業員の悲哀だった。【毎日新聞経済プレミア・町野幸】

 ◇社風の違い明白

 「今は不安でいっぱいです……」。TOB期限だった9月8日、成立の見通しが伝わると、ある大戸屋社員は小さな声でそうつぶやいた。手間や時間がかかる店内調理を売りに定食に徹してきた大戸屋と、合理化を徹底するコロワイド。社風の違いは明白で、大戸屋では社員の退職が相次ぎ、社内の空気は重いという。

 一連の買収劇では、大戸屋側はコロワイドに激しく反発し独立経営を死守しようとした。窪田健一社長は、6月の大戸屋の株主総会でコロワイドが役員刷新の議案を提出した際など複数回記者会見を開き、コロワイドの提案を「強圧的なやり方だ」と声を荒らげて批判した。私は4月から民間企業などの担当になったが、上場企業のトップが公の場で感情的な言葉を繰り出すことに正直驚いた。

 ◇有効な対抗策打てず

 だが、大戸屋の経営陣が有効な対抗策を取ってきたかは疑問が残る。今回の騒動の背景には、2015年に実質的創業者の三森久実氏が死去した後に起きた「お家騒動」がある。現経営陣と三森氏の長男、智仁氏が対立。智仁氏は大量の株を保有したまま退社したが、現経営陣は和解して株を買い取るなど手を打たず、コロワイドへの株売却を許した。大戸屋関係者によると、現経営陣は19年10月に智仁氏による株売却が明らかになってから、慌てて対策に動き始めたという。友好的に株を買い集めてくれるホワイトナイト(白馬の騎士)を探したが見つからないままコロナ禍に直面。外食産業全体が苦境に陥る中、多額の資金を出して救ってくれる企業は現れなかった。

 窪田社長は5月下旬に中期経営計画を発表し、株主に自力での業績回復を訴えた。だが、それも遅きに失した感は否めない。売上高は20年3月期まで2年連続で前年割れしており、計画発表もコロワイドの株主提案が明らかになった後だった。

 それでも、株主総会では個人株主が大戸屋側についてコロワイドの議案は否決された。危機を乗り切り、号泣した取締役もいたという。だが、コロワイドが次の一手を打つのが予想されたにもかかわらず、今度も有効な対策が取れなかった。8月に食材宅配を手がける「オイシックス・ラ・大地」との業務提携を発表したが資本提携には踏み込まず、コロワイドに対抗できる内容ではなかった。

 ◇コロワイド会長の言動に戦々恐々

 ドラマのような一発逆転は起きなかった今回の買収劇。大戸屋の社員はコロワイドの経営陣が乗り込んでくることに戦々恐々としているが、その背景には経営方針の違いに加えコロワイド側の過去の言動もある。

 コロワイドは焼き肉チェーンの「牛角」や回転ずしチェーンの「かっぱ寿司」などを次々と買収して拡大してきた。だが、17年のコロワイドの社内報に、蔵人金男会長のあいさつとして「(牛角を運営する)レインズを買収して5年。いまだにあいさつすらできないばかが多すぎる。家庭が劣悪な条件で育ったのだろう」「私に逆らっても始まらない。所詮、コロワイドが買収した会社。生殺与奪の権は、私が握っている。さあ、今後どうする。どう生きていくアホ共よ」といった文章が掲載された。大戸屋従業員が6月に公表した声明によると、従業員はこの言動に「強い恐怖と不安を感じている」という。

 買収が決まった今、大戸屋の社員からは現経営陣への恨み節が聞かれる。ある社員は、「現経営陣はもともと三森久実氏のイエスマンで、自分の頭で物事を考えてこなかった。無能な連中のせいでこんなことになった」と不満をぶちまけた。経営陣の判断一つが企業とそこで働く従業員の命運を左右する−−。そんな現実を目の当たりにし、経営トップの決断は改めて重いと感じた。

10/10(土) 9:30配信 毎日新聞
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