開幕まで2週間を切った東京オリンピック。福島市で行われるソフトボールと野球は「復興五輪」の目玉になるはずだった。
しかし新型コロナウイルスの感染拡大の影響で10日、無観客での実施が決まった。「地元の人も見られないオリンピックに何の意味があるのか」。
関係者の間では白けムードが漂っている。【川崎桂吾、金子淳、土江洋範、大島祥平、村上正】

 「せっかく『覚悟を決めて頑張ろう』と思っていたのに。突き落とされたような気分だ」。
観客を案内する福島県の都市ボランティア(シティキャスト)に選ばれていたNPO法人「うつくしまスポーツルーターズ」の斎藤道子さん(57)=福島市=は語る。

 8日に4都県の無観客が決まった際は、「観客が入る福島は逆に注目が集まるはず」と自分を納得させた。
10日午前にはシティキャストの現地研修に参加し、案内方法などの指導を受けたばかりだ。
研修に参加したボランティアは「福島は観客が入るということで、みんなスイッチが入っていて、いい雰囲気だった」という。

 だが、無観客となり、都市ボランティアは活動中止が知らされた。選手団や関係者は感染対策で競技場以外には行けないため、
現地で被災地の現状を知ってもらう機会はほとんどなくなることになる。
斎藤さんは「今大会から復興五輪の意義を見いだすのは難しい。意義などないと言ってもいい」とあきれる。

 「自分の周りではみんなチケットを買って楽しみにしていた。それが無観客なんてね」。
一報を聞いた福島県ソフトボール協会の常任理事、菅野哲雄さん(72)は力なく笑った。
福島県ではソフトボールが盛んで、菅野さんたちは21日の開幕試合などで競技運営の手伝いをする予定になっている。「張り合いがなくなったよね」

 東日本大震災の津波で子供2人と両親を亡くした福島県南相馬市の上野敬幸さん(48)は3月、家族や復興への思いを胸に聖火ランナーとして走った。
無観客の決定に「今の状況だと多くの人が集まるのは難しいと思うので、残念だが仕方ない。ただ、子供たちだけでも見せてあげられなかったか」と話した。

 福島県浪江町の行政区長会長、佐藤秀三さん(76)は「県外からも多くの人が集まれば感染リスクも高まる。無観客は当たり前だ」と話す。
浪江町は福島第1原発の近くにあり、全域に6年間にわたる避難指示が出された。今も人が住めない地域が残る。
佐藤さんは「コロナ禍の前から『復興五輪』は怪しいと思ってきた。
そもそも薄い理念が、観客の有無といった別の議論でかすみ、もうどこかにいってしまった」と冷ややかだ。

 佐藤さんが言うように、県内ではコロナ禍の前から「復興五輪」への冷めた見方が広がっていた。
五輪の理念が「復興五輪」から「コロナに打ち勝った証し」にすり替えられたことも県民の虚脱感を強めた。
福島県から3月にスタートした聖火リレーでも機運は盛り上がらず、今回の無観客の決定によって、現地の「白けムード」は覆せないものになりそうだ。

 2017年に野球・ソフトボールの福島県内での開催が決まり、準備に関わってきた福島県関係者は
「8日は有観客としたが、県庁内でも首都圏4都県の無観客と整合性を取るべきだ、という意見はあった。
無観客にかじを切った引き金は北海道の決定だ」と話す。大会の理念とする復興五輪をアピールする立場として
「もう残されている時間はほとんどないが無観客となれば、新たな発信方法を考えないといけない」と頭を抱えた。

https://news.yahoo.co.jp/articles/87ea36f8a7b370bab596257fd46e6d0b4671acae?tokyo2020