[特集]脱炭素、ニッポンの三重苦【7】

2021.9.16

上阪 欣史
日経ビジネス副編集長

 横浜市の臨海部に並び立つIHIの横浜事業所。工場に入るとあちこちで鋼材を溶接する火花が散る。一見活況に見えるが、大久保亮太横浜工場長は「原発の(新規制基準適合の)安全対策工事の特需。2年は持ちこたえられるが、その後どうなるか」と吐露する。





シールド掘削機の製造を技能訓練の代替物に

 その先を歩くと見えてくるのが、IHIが世界首位を誇った沸騰水型軽水炉(BWR)の心臓部「圧力容器」の製造施設。幅11メートル、長さ33メートル、深さ最大18メートル。圧力容器を横や縦に位置を変えながら作り込む世界に類を見ない施設だが、今は遺構のよう。最後に作ることをやめた9年前から時間が止まっているかのようだ。

 圧力容器の上蓋など大型部材を加工する8000トンの巨大プレス機も動くことなく長年鎮座したまま。奥にある熱処理炉も硬い扉を閉ざして息をひそめている。どの設備も減価償却は終わっているものの、いつ新増設の受注が舞い込むか分からない。維持管理費だけが毎年出ていく。

 「あと10年もたつと新設プラントの経験者はほとんどいなくなる」。IHIの緒方浩之原子力SBU長は危機感を募らせる。ピーク時の1980年代には原発事業の社員は約1000人いたが、足元ではほぼ半減(協力会社除く)した。設計よりも溶接や機器の組み付けなど技能系の落ち込みが深刻だという。

 「実際に出荷する機器のものづくり現場で仕事をしてはじめてどんな経験が不足しているか分かる。その機会を少しでも作らないと技能維持はおぼつかない」(緒方SBU長)

 技能を守り抜くため工員が汗をかくのが、地下鉄工事などに使われるシールド掘削機の製造だ。前方に取り付けられた刃先を回転させて地中をモグラのように掘り進む。独自の厚板加工や分割した構造物の組み付けノウハウなど、原発にも求められるものづくりがぎっしりつまっている。もちろん安全基準や検査の厳しさは原発の方が格段に高いが、「実地トレーニングには持ってこい」(大久保工場長)という。

 現場には原子力にかかわってきたOBの専門会社からベテラン作業員を派遣してもらうなどして断絶が起きないよう努めている。緒方SBU長は「多少人件費が高くついても構わない」と人カネは惜しまない方針を示す。

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00332/091400012/