岩手県と秋田県にまたがる八幡平の頂上から約20分山道を歩くと、円形の沼が見えてくる。真ん中には雪が残り、その中央は溶けていて、まるで「目」のよう。毎年5〜6月にしか見られない「八幡平ドラゴンアイ」だ。

 記者は1999〜2003年、岩手県に赴任したが、当時、ここは八幡平に点在する沼の一つに過ぎなかった。ここの正式名称は「鏡沼」。ドラゴンアイとは耳にしたこともなかった。新たなスポットは、一体どのように生まれたのか。現地で探ってみた。


 「まるでドラゴンブルー」

 岩手県八幡平市観光協会の事務局次長、海藤(かいとう)美香さん(59)によると、台湾からの観光客が2015年、ネット交流サービス(SNS)で発信したのが「ドラゴンアイ」が生まれたきっかけだ。

 「発信源」となった観光客は、若い2人組の女性だった。台湾からのチャーター便で4月に3日間ほど岩手を訪れた。訪れた先の一つが、八幡平アスピーテラインの「雪の回廊」。頂上に着くと、まだ雪山のままだった。


 温暖な台湾では雪は珍しく、女性たちは喜んで山奥に進んでいった。そこで見つけた鏡沼を見て、何気なく発信した言葉が「ドラゴンブルー」だったという。

 海藤さんによると、この後「ここは一体どこだ?」という台湾からの問い合わせが急に増えたという。地元のホテルはゴールデンウイーク後、閑散期に入る。それだけに、新たな需要に沸き立った。


 「ドラゴン」は、アジア圏では縁起が良い想像上の動物とされる。「協会で『八幡平ドラゴンアイ』で統一して発信することをすぐに決め、間もなく商標登録した」と海藤さん。毎年、微妙にその形や色に変化を見せるドラゴンアイは、国内外からの観光客を引きつける人気スポットとなった。

 実は鏡沼の所在地は岩手県ではなく、秋田県仙北市だ。ところが首都圏からは盛岡市を経由して岩手側から入る方がアクセスしやすいため、岩手側からの発信や売り込みが人気をけん引する形になっている。


 こうした動きについて、秋田側は「ドラゴンアイは八幡平地域の宝であって、岩手側と誘致競争をするつもりはまったくない」(仙北市の担当者)と静観する。だが「『岩手にお株を奪われた』というもやもやした感覚がなくはない」と複雑に受け止める観光関係者もいる。

 「竜」は秋田にもゆかりが深い。八幡平を秋田側に抜けて南にある田沢湖。湖のシンボルとして知られる「たつこ像」は、泉の水を飲み続けたことで竜になったという伝説にちなんでいる。今は干拓地となった八郎潟には、竜神「八郎太郎」にまつわる逸話も残る。

 こうした言い伝えにドラゴンアイを加え、「八幡平から南に竜のように流れる玉川を『ドラゴンリバー』と位置づけ、玉川のダム湖・秋扇湖の水没林を含め、一緒に観光スポットとして宣伝していく構想もある」(仙北市の関係者)という。

 「台湾からの観光客が、私たちには想像もつなかった新たな視点をくれた。あとは、ここの魅力をどう増やしていくかが大切」と海藤さんは話す。八幡平の山頂レストハウスでは、土産品や長靴のサービスなど、来客の声を聞きながらサービスを増やしてきた。

 さらに海藤さんはこう指摘した。「国内外から来た人の声にいかに耳を傾け、『また来たい』と思ってもらえる場所に改善していけるかどうか。その継続なしには観光地の発展は難しい。あぐらをかいたままで『黙っていても人は来る』時代ではありません」。

 見せ方や発信のやり方によってある場所に人が詰めかけたり、来なくなったりする。観光地とはまるで生き物のように、時によって常に変化するものなのかもしれない。【工藤哲】

毎日新聞 2023/8/13 10:30(最終更新 8/13 10:30) 1485文字
https://mainichi.jp/articles/20230811/k00/00m/040/326000c