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 先日、一緒に仕事をした編集者がぼやいていた。2年前に東京都文京区でマンションを買おうと思ったが、妻とその親が「これから下がるから、待て」と言うので、やめたというのだ。

 しかし結果は、逆に値上がりして、今はもう買えなくなってしまった。「メディアでも下がるという記事を見たが、無責任に『値下がりする』というような情報は流さないでほしい」というのが、ぼやきの理由だった。

 ちなみに私は2013年以降、一貫して「上がる」と言い続けているが、昨年から今年にかけては“少数派”になってしまった。今年の夏に、あるラジオ局から「暴落しないと言っているのはあなただけ。その意見を聞かせて」という申し出があったくらいだから、少数派というより“異端派”とみなされていたようだ。

多くの人は「上がる」より「下がり」を信じる

 私以外の多くの評論家、専門家が「下がる」「暴落する」と言っているのだから、「住宅の価格は下がる」と信じてしまう人が増えるのは仕方のないことだろう。そして、多くの人は「値下がりする」という情報の方を信じやすいという心理的傾向もある。

 それを分かりやすく説明するために、逆のケースを考えてみよう。「値上がりする」「絶対、もうかる」という話が出た時、人はまずは疑ってみるだろう。おいしい話にはのらないぞ、と誰でも思っている。

 欲をかくと結果的に損をする。損をする可能性がある話は信じないようにしている。その「損をすることを恐れる」気持ちが強いため、「下がる」「暴落する」という情報の方を信じたくなってしまうわけだ。

報道によって値下がりすることも

 不動産業界は、この「下がる」「暴落する」という言葉を恐れる。メディアでそのような観測記事が出たりすると、それで客足が遠のき、売れ行きが落ち、結果として本当に値下がりが起きることもあるからだ。

 不動産業界側からすれば、これは「風評被害」というものだ。風評被害はあらゆる業界に起きる可能性がある。だから、メディアも風評被害を発生させるような記事を避けようとするし、予測記事を書く場合も慎重になる。「来年は車の売れ行きが落ち、値下がりするだろう」「携帯電話が値下がりするだろう」というような予測は、そう簡単に出すことはできないはずだ。

 だが不動産に関しては、なぜか簡単に「値下がり」報道が出てしまう。私は06〜07年ごろの現象が典型ではないかと考えている。日本の不動産価格は06年にピークをつけ、07年に下落を始めたが、一度下落が始まると、メディアは「もっと下がるぞ」という記事を書き立てることが多い。そうすると、適正な価格を超えて下落してしまうことがあるのだ。

販売センターは同じ価格で勝負している

 ところが、現在は多少「これから下がるぞ」という記事が出ても、それにつられるような形で下落することは起きていない。つまり「風評被害」的なことは起きていない。13年以降、値上がりを続けた不動産価格が大幅下落に転ずることはなかった。

 その様子は11月16日の記事で、東京都品川区で分譲が始まった「パークシティ武蔵小山ザ・タワー」や、JR三鷹駅直結の「グレーシアタワー三鷹」の例をあげて詳しく解説した。一部で「価格調整」をした物件はあったが、多くは価格据え置き。販売センターへの来場者が少なくなっても、同じ価格で押し通す状況が続いている。

 マンション価格は、値下がりどころか、今、都心部を中心に再度の値上がりが生じ始めている。だから、冒頭の「あのとき、思い切って買っておけばよかった」と後悔する人が出ているわけだ。今回に限って言えば、多少の「下落観測記事」では抑えきれないほど不動産価格上昇のパワーが大きいのかもしれない。

櫻井幸雄 / 住宅ジャーナリスト

毎日新聞 2017年11月30日
https://mainichi.jp/premier/business/articles/20171129/biz/00m/010/016000c