縄文人と現在の日本人は無関係、ということが明らかになると色々と困るからね。
明治、大正、昭和の初期は特にそれが顕著で、あらゆる時代の歴史が、特定の方向に向けて
捏造、創作された。
その一つの柱が皇紀であり、そこに不随する所謂「日本の神話」だ。
神話を裏付ける為に歴史が捏造されるということは殆どの国で行われて珍しいことではない。
むしろ、「神話」が何故に必要とされ、各国、民族で生み出されてきたのかを考えるべきであろう。
権力構造を肯定するために先住を主張することは統治の基本であり、支配者が自らの支配と搾取を
正当化する為に、神話が生み出され歴史が捏造されてきた。
日本人が縄文人と民族的には無関係ということになれば、じゃ日本人は何処から来たのかという
ことになり、周辺民族に対する日本人の優越性や自尊心を支えるもう一つの柱を失うことになる。
いずれにせよ、統治の都合で「歴史」が編纂されてきたわけで、その背景を失って単なる事実としては
存立し得ない。
多くの日本人が古代史に関心を寄せるのも、編纂された歴史の完成度が低く、真実を知りたいという
探求心が芽生えるからであろう。
日本人が古代中国と古代韓半島からの移民の混血であったとしても、失うものなど何もないのだが、
そんなことはないと強く否定するする人々が多いのも事実で、そこに「歴史」の有用性が証明されている。