ノンフィクション・ライターの清泉亮氏が山梨県北杜市に移住したのは2014年のこと。現在は管理会社が管理する別荘地で暮らす清泉氏だが、
以前に暮らした長野県佐久地方の過疎集落では、早朝からの雪かきなどのローカル・ルールに嫌気が差し、逃げ出した経緯がある。

 移住者のゴミ出し禁止など、自治体も手を出せない「村八分」について、その実態を紹介する。
 次の話は、子供が生まれると同時に、東京郊外から移住してきた、ある若夫婦の体験である。

 子供が保育園に通い始め、新しい故郷に貢献したいとの一念から、母親は保護者会の会長にと手を挙げた。すると、どこから聞き及んだのか、
集落の最長老格の女性からのアプローチが始まった。

「あなたには次があるから。まだ将来があるから」
 連日連夜の電話攻勢に自宅訪問と、ほとほと疲れ果てて立候補を取り下げるまで、その“説得”は続いた。

 理由は「若い者の言うことは年長者は絶対聞かないから」というもの。代々染み入った「長幼の序が絶対」の集落では、学識や見識ではなく
、年齢こそがすべて、というわけだ。選挙の前から当選者が決まっているといわれる、悪名高い「甲州選挙」の本領発揮といえようか。

 一方で“集落一家”の紐帯を誇る地だけに、「乱す者」への監視も厳しい。 移住して5年ほどになる集落居住者がいう。

「怖いのは選挙だ。立会人っているでしょ。あれが、集落の誰は投票に来た、誰は来てないっていうのをみんなチェックしてて、
来なかった人間は後から吊し上げられるんだ」

 投票所での立会人も、狭い地域では、顔なじみの古老ばかり。誰が投票しなかったかは集落内で密やかに「共有され」、ときに忠誠が問われるのだという。
仮に自治会に入れたとて、日常のあらゆる局面で、監視と縛りが待っている。移住組の70代主婦はこうこぼす。

「ゆっくり休みたいときも大変よ。5時に起きて、まずは居間のカーテンを開け放ってから、もう一度寝室に戻って二度寝よ。
カーテン閉めたままだと何を言われるかわからないから」

 たとえ誤解された噂でも、流されてしまえば「事実」になる集落では、一瞬たりとも気が抜けない。なぜ新参者を受け入れない?

 集落による「新参者、よそ者を受け入れない」掟は、決して時間が解消するわけではない。
北杜市に移住してすでに20年になろうかという80代の女性は、いまだに自治会に入会できず、集落内でゴミ出しができるメドさえ立っていない。

「主人が亡くなっているので、いつまでゴミを出せる体力が持つか自信がないわよ」 と漏らす。もちろん、敬老行事の案内などもまわってこない。
 そこまで徹底して新参者の加入を認めない理由について、北杜市の移住担当者は次のように指摘する。

「やはり、一番大きい理由は財産区のようです」

 山間部の地元集落はたいてい、共有財産として山林を所有している。この山林の伐採益や売却益を含め、現金化されたときの分配が少なくなることへの懸念が、
最大の理由だというのだ。
 もちろん、移住者のなかには、あえて自治会に加入したがらない者もいる。 彼らの言い分はこうだ。

「前は自治会費を払ったこともあった。ただ、収支を見せてと言ったら嫌がったり、何に使われているのかまったく不透明。
聞けば、会議と称した甲府あたりでの呑み代とか、宴会や、慰安旅行のピンクコンパニオン代に消えててバカバカしくなった」

 収支不明朗が伝統の集落の意識と、移住者の権利感覚は馴染みようもなかろう。