日本列島で、数十万年という気の遠くなるほど長い期間の勢力争いが繰り広げられている。といっても、人ではなく、地下で暮らすモグラの話。本州に幅広く分布していたアズマモグラを、少しずつ、ほんの少しずつ、コウベモグラが東へ追いやっているという。(小川 晶)

 アズマモグラは口の幅が狭いため、伸びた状態のミミズを端から食べる。頭骨が大きいコウベモグラはトンネル内で身動きしにくく、折れ曲がった状態のミミズも口にする。

 昨年9月、富山市で開かれた日本哺乳類学会の定例大会で明らかにされた新説だ。「一般の人は『それがどうした』と思うかもしれませんが、モグラの研究者としては大きな発見なんです」。発表者の横畑泰志・富山大教授(動物生態学)が笑う。

 地中に生息するモグラの生態は、いまだ多くの謎に包まれている。ただ、日本で確認されている種を大別すると、アズマとコウベに分けられるという点ははっきりしている。

 北陸から東海地方にかけて両者の境界があり、東にアズマ、西にコウベが分布する。アズマは紀伊半島南部など西側にも点在しているが、コウベは東側で確認されていない。

 この現状から導き出されたのが、コウベが西から拡大し、アズマを東へ追いやっている−という結論だ。学界でも定説になっており、実際に長野県の境界付近では、コウベがアズマの縄張りに進出する観察結果も出ている。

 だが、その動向は極めて遅い。横畑教授によると、現在の日本列島が形作られつつあった45万〜60万年ほど前には、両者の先祖による勢力争いが始まっていたと考えられる。人類では、直接の祖先に当たるホモ・サピエンスが生まれる前、北京原人の時代だ。

 当時は、中国、四国地方一帯にアズマの生息域が広がり、大陸由来とされるコウベは九州周辺にとどまっていたとみられる。「特定の時期に一気に勢力を広げたというより、一進一退を繰り返しながら少しずつ東へ進んでいったイメージでしょうか。アリの速度よりも遅く、100年、200年単位でみてもせいぜい数キロ程度の変化でしょうね」

 一方で、コウベが優勢の理由は分かっていない。両者の違いは、アズマの標準的な体重60〜80グラムに対しコウベは80〜120グラムと一回り大きい▽アズマは前歯が出ている−といったぐらい。どう猛さや数年とされる寿命にも大差はない。

 「モグラ博士」と呼ばれる国立科学博物館の川田伸一郎研究員は「モグラの変化のスパンと比べれば、人間が研究している期間はほんのわずか。分からないことだらけです」と話す。

 遠い遠い将来には、コウベが本州を席巻する時代が来る−。横畑教授も川田研究員もその可能性を否定しないが、それまでに地球環境が激変してモグラ自体が絶滅したり、コウベが複数の種に分かれて新たな勢力争いが始まったりするかもしれないという。

【日本のモグラ】アズマ、コウベのほか、本州各地に点在するミズラ、一部の地域に固まっているエチゴ、サド、センカクなどが確認されている。コウベの由来は、英国人博物学者リチャード・ゴードン・スミスが神戸で採取した標本が、1905年に英国で新たな亜種と認定されたことによる。アズマは、コウベよりも東に分布することから命名されたという。


神戸新聞NEXT 2018/3/2 16:00
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201803/0011032008.shtml