何の落ち度もない被害者がなぜ実名で報じられなければならないのか――。社会を震撼させる大きな事件が起こるたび、被害者を実名で報道することの是非について議論が起こるようになった。被害者遺族に対するメディアスクラム、ネットによる真偽が入り交じった情報の拡散を背景に、世論における匿名報道を望む声は年々強まっているようにも見える。メディアはどのような姿勢で報道に取り組んでいるのか。実名報道がわれわれの社会にもたらす公益とは何なのか。あらためて事件報道のあり方について考える。

社会に伝えるべきことを伝える姿勢が最も重要

NHK横浜放送局・放送部 松井裕子ニュースデスク

2016年7月、神奈川県相模原市の知的障がい者施設で入所していた19人が殺害され、元職員の男が逮捕されました。戦後最悪の殺傷事件とされましたが、警察が「遺族の意向」を理由に、被害者を匿名で発表したことも私たちにとっては衝撃でした。

当時、社会部でこの事件の取材班キャップとなった私は、匿名の被害者の「人となり」を何とか伝えられないかと取材を続けました。取材班がすべての被害者の実名にたどり着くまでには、数カ月の時間を要しました。

悩まされたのは、その間、報道では自らの行為を正当化する被告側の主張が目立ってしまったことでした。被害者や遺族の声を伝える報道が少なく、その痛みが共有されないことで、結果的に被告に賛同する声や障がいのある人を中傷する“ヘイトスピーチ”を助長してしまうことが懸念されました。

一方で、取材を続けるうちに、遺族たちが匿名を望んだ理由もわかってきました。

例えば、55歳の兄を亡くした女性は、事件そのものやネット上にあふれるヘイトに恐怖を感じ、「遺族とわかってさらなる差別を受けることが怖い」と話していました。

65歳の姉が被害にあったという男性は「障がいを持つ姉を恥ずかしく思ったことはないし、当初、匿名を希望する人がいると知り疑問を感じた。ただ、家族に障がい者がいることで差別を受ける現実があることも知っているので、匿名を望む他の遺族の意向に同意した」と伝えてくれました。

続きは
「被害者の実名」なぜ報じるのか - Yahoo!ニュース4/3(火) 10:04 配信
https://news.yahoo.co.jp/feature/934