https://mainichi.jp/articles/20180618/dde/014/040/002000c
 「JCal(ジェイカル)はどうなっている?」。
邪馬台国の候補地といわれる纒向(まきむく)遺跡(奈良県桜井市)で出土したモモの種の年代を知り、疑問がわいた。

 先月出た「纒向学研究 第6号」によれば、放射性炭素(C14)年代測定の結果、西暦135〜230年(中村俊夫・名古屋大名誉教授)、
同100〜250年(近藤玲(りょう)・徳島県教委社会教育主事)ごろという。
種は遺跡の大型建物跡脇の穴から出た。この建物を邪馬台国の中核施設とみれば、女王卑弥呼(ひみこ)(248年ごろ没)に結びつくが。

 話は2009年にさかのぼる。同じ纒向地域にあって卑弥呼の墓説をもつ箸墓(はしはか)古墳の築造年代について、国立歴史民俗博物館(歴博)の
研究グループが240〜260年と発表し、賛否が渦巻いた。

 今の最大の疑問は、その時と今回の年代を導いた根拠が違うことだ。

 C14年代測定は、死んだ生物の体内では炭素(C12、C13、C14)のうちC14だけが時間と共に一定割合で減少する特徴を利用する。
ただ、大気中のC14の比率は太陽活動などで変化するため、測定で得た理論上の数値「炭素年代」を実際の年代に補正する。

 補正用に国際標準のグラフが公開されており、今回も使われた。年代がわかる樹木の年輪をC14年代測定し、その炭素年代と実年代を対応させて補正する。
だが西欧や北米の樹木のため、日本産樹木に基づく補正とはズレがある。
特に、弥生〜古墳時代移行期、1〜4世紀のズレが大きい。

 そこで09年当時、歴博グループは日本産樹木で補正グラフをつくり、箸墓の年代を出した。
国際標準のIntCal(イントカル)に対してJCalと呼ばれ、さらなる整備の必要性が研究者の共通認識になっていたはずだ。
しかし今回、JCalの出番はなかった。

 JCal整備に努める坂本稔・歴博教授(文化財科学)に聞くと、「(精度が上がったものが)できていない」。
信頼度を高める検証が進まず、09年段階で止まっていた。
とすると、国際標準と日本産樹木のズレはどうなっているのか、との疑問もわくが、傍証も複数あり、ズレは明らかという。
ならば、今回公表されたモモの年代が変わる可能性の方を問わねばならない。

 というのも、近藤論文には「議論を深める材料に」とJCalのグラフも参考に掲載され、今回の炭素年代を当てはめると、実年代で4世紀を考える必要が出てくる。
卑弥呼の時代ではない。

 真の年代はどこに? 坂本さんは今回の実年代が変わる可能性を指摘の上、
「注目の高い時期だけに、いつまでたっても年代が決まらない、というわけにはいかない。日本産の樹木できちんと測り、整備しなければと意識している」と話す。

 この点で今、JCal整備に追い風が吹いている。C14年代測定の補正を支える年輪年代だが、日本では根拠となるデータに未公開部分があり国際的な承認を得ていない。
しかし、10年代に入り研究が劇的に進展。年輪の幅を計測する従来の測定法に対し、年輪に痕跡が残されている各年の降水量の多寡を測定し、
その変動パターンから年代を導く「酸素同位体比年輪年代法」が新たに開発された。

 この先端分野を担う一人、箱崎真隆・歴博特任助教(文化財科学)は
「現在、紀元前3000年まで、データを伸ばしつつある状況。論文が発表されてデータがオープンになれば、日本の年輪年代の信頼度も確保されます」と説明する。

 年代測定では、研究者相互の資料提供や議論、検証が重要だ。
酸素同位体比年輪年代法は、従来法と違い樹種を問わないため、資料数が格段に増える可能性がある。JCal再始動の条件が急速に整ってきた。

 「IntCalも数年に一度変わり、実年代も変わる」と坂本さんが言うように、C14年代測定はさらなる精度向上の余地がある点で
「発展途上の技術」(箱崎さん)という認識が測定する自然科学側にはある。
使う考古学の側もその視点が必要だろう。その上で、進化版JCalにより今回の実年代が検証される日を待ちたい。