「穢多」とか「非人」とか今では最早絶滅危惧種になっている存在のものを必死で守り
子々孫々まで「穢多・非人」であり続けようとしてるのは他ならぬ解同ではありませんか?
解同こそが「差別」を大事に大事に育ててている張本人なのではありませんか?