昨今、日本国内に於いて、慶事の報が世間を馳せている。
どの様な慶事かと云えば、改めて述べさせて頂く必要も無いとは思うが、秋篠宮家の御長女である『眞子内親王(眞子さま)と、小室圭さん(湘南 江の島 海の王子)ご婚約』の報である。

 週刊誌に掲載された報道内容に関する詳細については、そちらを御覧頂きたいと思うが、差支えが無い範囲で概要を述べると、
御二人が神奈川県に電車でデートに行かれた際に、電車内で撮影された、寄り添い歓談する御二人の写真である。
現在では御婚約会見が開かれ、世間に御披露目となっている事柄であるが、報道された当時は驚かれた方もいらしたかもしれない。

 前置きが長くなってしまったが、この項目のタイトルとした、
【北海道の江ノ島海岸と眞子様結婚の秘密(笹川良一と象の花子)】
上記についての詳細、即ち本題に入ろうかと思う。

 秋篠宮家の御長女が御婚約されたが、お相手は、『湘南 江の島 海の王子』も勤めた方との事である。
"湘南 江の島"とは、島が存在する訳では無いとの事であるが、実在する地名である事には、他ならない。

 江の島とは、はたして湘南のみに存在するのかと云えば、そうではない。
タイトルのまま、"北海道の島牧郡島牧村"にも"江ノ島"は実在している。
こちらは、アイヌと松前藩が関連している土地であるとの事だ。

〜〜〜中略〜〜〜

 その為、1970年8月から、長万部町(おしゃまんべ ちょう)の二股ラヂウム温泉で湯治する事となった。
ところが、温泉は冬期間閉鎖となる為に、同年11月、「宮内温泉」に移り、浴槽付きの"花子のお宿"という小屋を建て、長期間、湯治の為に面倒を看てもらう事となった。

 ゾウの花子は、朝の7時から晩の4時まで健康診断や食事、歩行訓練を行い就寝するという湯治生活を送っていたそうだ。
この時の宮内温泉湯治滞在中に、"ゾウの花子の会"の招きにて、パラグアイ大使御一家や、茨城県議会一行が訪れる等、かなり人気であったそうだ。
この時期の関東地区花子後援会会長は、衆議院議員であった、"三ツ林弥太郎"との事である。

 1972年には、“偶然”、宮内温泉を訪れた"笹川良一"が、ゾウの花子の姿を見て感嘆し、日本顕彰会から信田修治郎が社会福祉貢献者として表彰されたそうである。

 1975年、ゾウの花子は宮内温泉を離れ、その後は内地(本州)を旅して回ったとの事。
5年後の1980年、ゾウの花子は募金で集まったお金を元に、飼主である信田修治郎と共にパラグアイに移住し、
パラグアイで、その生涯を終えたそうである。

 パラグアイでもゾウの花子は人気があったらしく、「パラグアイ日経ジャーナル創刊号」にて、
"花子南米の地を歩け-念願のパラグアイ移住-日本の子供たちの夢と希望を背にして"という記事を表紙として取り上げたそうだ。

 以上が、タイトルである「笹川良一と象の花子」に関する概要である。
そう、笹川良一といえば、言わずと知れた“右翼の大物(国際勝共連合の名誉会長)”であるが、その笹川良一が、影で関わっているのである。
“偶然”訪れたとの事だが、はたして偶然なのだろうか・・・?

なんとも、「江ノ島」と「江の島」、「島牧」と「笹川良一」、「秋篠宮」と「北海道」という『点と点が線で結べてしまう』のである。
(秋篠宮の海外公務先も御覧頂きたい。眞子さまがパラグアイに公務で行く等がある。)

統一教会系の国際勝共連合は、安倍政権、即ち自民党清和会の大きな支持母体の一つである。
(自民党系と腹心の関係である。)

 昨今、安倍政権と皇室の対立が取り沙汰されているが、対立しているという構図から明確に逸れる事柄(矛盾)の一つが、
この項目で述べてきた、秋篠宮家の“江ノ島”という慶事である。

さて、秋篠宮家が、このタイミングで(2010年頃から)、あからさまに国際勝共連合(統一教会)へ近づく意味(意図)は何であろうか??

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記事元:https://i.imgur.com/SfwyppD.jpg