2027年に東京・品川と名古屋間の開業が予定されるリニア中央新幹線の山梨県内の駅位置について、同県の長崎幸太郎知事は再検証の結果、当初の決定通り甲府市南部の大津町とすることを決めた。19年に初当選した際の公約に基づく検証だったが、元のサヤに戻った格好だ。この1年、新駅周辺の活性化に向けた議論は停滞。県に残された時間は決して多くはない。

新駅を大津町とする案は11年、県や経済団体などがJR東海に要望して決まり、14年に国の認可が下りた。しかし長崎知事は19年1月に初当選した直後、新駅の位置を「根拠が不明」として検証する考えを示した。

前知事時代の18年11月、県は新駅を中央自動車道のスマートインターチェンジに隣接する大津町とした場合の乗降客数を1日最大1万9700人と推計した。長崎知事はこの推計の根拠に疑問を呈した。

さらに、県南西部には甲府から静岡県につながるJR身延線が走る。リニア新幹線はこの身延線と交差するため、長崎知事は「身延線とアクセスがあった方がいいのではないか」とも指摘した。検証では身延線の小井川駅(中央市)接続の場合とで乗降客数を比較することにした。

結果は、大津町も小井川駅接続も乗降客数が1日1万3100人で同数だった。新駅を大津町としたうえで、小井川駅までシャトルバスを運行した場合も検証。乗降客数が1万3500人でわずかながら上回ったことから、大津町に優位性があると結論づけた。

県幹部の間では再検証前から「27年開業を優先すると、駅位置を見直すのは難しい」との声が聞かれていた。それでも再検証したのは「身延線が廃線になるかもしれない」という危機感が地元にあるからだと幹部は指摘する。

山梨県は車社会だが、全国より速いペースで高齢化も進む。沿線住民にとって身延線の重要性は今後さらに増す。しかし身延線は無人駅が多く、ICカードの「Suica(スイカ)」も使えないまま。沿線では廃線の懸念が消えず、県にとって身延線の存続は最重要課題の一つだ。


それだけに長崎知事は新駅決定の記者会見で、リニア新駅から身延線へのシャトルバス運行を検討することを表明し、「身延線の乗降客も増える」と、ことさらに強調した。

ただ、再検証の表明から1年間、新駅周辺の活性化に向けた議論はほぼ進まなかった。「100年の方向性を決める。誤った判断をしないようにしたい」という長崎知事の考えは理解しつつ、地元経済界の反応はまず「早く決まってよかった」だった。

小井川駅接続を望む声は根強く、地元経済界の中にもある。それでも、経済界はおおむね、今回の検証結果を好意的に受け止めた。

甲府商工会議所の進藤中会頭(山梨中央銀行会長)は「個人的には大津町から動かすのは難しいと思っていた」という。ただ、「身延線との接続が議論の対象となり、シャトルバスが構想に入ったことで、山梨経済全体にプラス効果が期待される。1年は無駄になっていない」と評価した。

今後は「山梨全体にリニア新駅の効果を行き渡らせるため、交通インフラの結節点としての機能を整備していくことが大事」と指摘する。

山梨経済同友会の入倉要代表幹事も「再検証で多少の遅れはあったが、十分に取り戻せる。県外からの投資を呼び込むため、新駅から県内各地への交通を県が予算を掛けてでも整備していかなければいけない」と話す。

課題の一つは、当事者である県民の関心が盛り上がっていないことだ。再検証が関心を高める効果があったとの指摘はあるが、入倉代表は「リニアをどう生かすか、県民が自分のこととして考える必要がある。学生を交えた議論を呼び掛ける」という。

再検証で残された時間は短くなっている。人口が減少し経済規模が縮小する山梨が、リニア効果を最大化するための解を導き出せるか、待ったなしの状態だ。

2020/1/19 11:00
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54539860X10C20A1ML0000/