東京都の新規感染者が107人に上った2日夕、安倍晋三首相は官邸で日本医師会の中川俊男会長と会った。「ワクチン開発が予想以上に早く進んでいますね」と自ら話題を振った首相。「夜の街」「昼カラオケ」など対策強化の必要性に触れたが、それ以上の言質は与えなかった。

 「大したことないでしょ。みんな動いてるんだから」。2日夜、政府高官は周囲に余裕を漂わせた。翌朝、別の政府関係者も「いちいち浮足立つ必要はない。堂々としていればいい」。確かに今は検査態勢が充実し、医療にも余裕がある。官邸幹部は「伝家の宝刀は1回だけ」と緊急事態宣言を封印する。

 都内の感染者は2日連続で100人を超えた。第2波を「秋から冬」と予測し、それまでを「経済を回し、これ以上の倒産や失業を食い止める期間」と位置付ける政府のシナリオは、次第に危うくなりつつあるように映る。

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 「感染拡大の防止と経済社会活動の両立に万全を期す」。東京都の小池百合子知事は3日の記者会見でこう訴えた。5月25日に緊急事態宣言が全面解除されて以降、政府や自治体が繰り返すメッセージだが、このバランスが難しい。

 視野を広げてくれるデータがある。2019年の人口動態統計月報年計(概数)。全国で1年間に死亡した人を死因ごとに分類している。例えば、インフルエンザでは年間3571人が亡くなっている。交通事故死は4295人に上る。

 一方、新型コロナウイルス感染症でなくなった人は今月2日時点で977人。今のところ、コロナで死亡する可能性よりも、インフルエンザや交通事故で死亡する確率の方がはるかに高いことが分かる。

 それでも私たちの社会は、そのリスクを許容している。インフルエンザで学級閉鎖はしても、地域の飲食店が休業することはない。交通事故死もゼロを目指すなら自動車を禁止すればいいが、そこまでの議論にはならない。

 コロナはどうか。第1波は緊急事態宣言で乗り切った。支払った経済的コストは妥当だったのか。第2波の感染リスクはどこまで許容できるか−。

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 恐らく正解はない。だからこそ政府は国民に情報を公開し、意思疎通し、合意形成に努める必要がある。リスクコミュニケーションである。

 慶応大の吉川肇子教授(社会心理学)は、この間の政府のリスクコミュニケーションは「大失敗だった」と言い切る。「信頼できるデータの共有と政策決定過程の透明化ができていない。『言うことを聞いてください』だけでは無理だ」と厳しい。

 ドイツでは4月、感染者1人から平均何人に感染するかを示す「実効再生産数」を、規制の可否を判断する際の基準にした。最近はこの指標だけでうまくいくのか、改めて国内で議論も交わされている。

 分かりやすく説得力のある客観的指標は、感染抑止を国民の協力に委ねる日本にこそ必要だが、政府の動きは鈍い。感染症の専門家は「どこまで感染リスクを許容するのか、データを示して国民に説明しないと、経済と感染防止の両立は画餅に帰す」と指摘する。

 ウイルスとの共存を探る第2波が迫っている。政府と国民の双方が試される。 (前田絵)

西日本新聞 2020/7/4 6:00
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