要因不足、罰則もなく

 災害時、施設に入所する高齢者らの安全をどう確保するか、課題が改めて浮き彫りになっている。4日未明に熊本県南部を襲った豪雨では、同県球磨村の特別養護老人ホームが水没し、14人が亡くなった。7日にかけて九州北部に降った大雨の際には、早めの避難で無事だった施設も。あらかじめ避難計画を策定している施設は九州で2割程度にとどまっており、「災害弱者」が命を落としやすい状況にある。

 「避難を想定した準備をしましょう」。近くに川が流れる福岡県大牟田市の介護施設。まだ雨がまばらだった6日午前11時、職員会議で避難を準備することを決めた。施設の3階に吸引器やベッド、自家発電機などを準備し、市の避難準備情報を受けて午後3時半から避難を始めた。気象庁が最大級の警戒を呼び掛ける大雨特別警報を発表したのは、その1時間後だった。

 寝たきりの人や認知症の高齢者ら約80人を1階などから2時間かけて避難させた。その頃には雨が滝のように降っており、近くを流れる川の水位はみるみると上がっていた。

 国土交通省によると、高齢者施設や病院などの「要配慮者利用施設」のうち、川の氾濫などで浸水する恐れがある場所に位置するのは全国で約6万7千件。災害に備えた避難計画の策定や避難訓練の実施が義務付けられている。

 大牟田市の施設は避難計画を策定した上で避難訓練を実施していた。「普段の心掛けが生きてスムーズに避難できた」と施設長。ただ、道路が冠水していたため、自宅にいた職員を応援に呼ぶことはできなかったという。「たとえ備えはあったとしても、職員の数が少ない夜中の宿直時間に雨が降っていたら、果たしてうまくいっただろうか」

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 その懸念が現実となったのが、熊本県球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」のケースだ。

 証言によると、豪雨で氾濫した球磨川の濁流が施設に押し寄せたのは4日午前6時ごろ。職員たちは近隣住民にも声を掛けて入所者を2階以上に避難させようとしたが、濁流はガラス戸を破って浸入し、間に合わなかった。

 千寿園は球磨川支流の小川のそばにあり、洪水時に最大10〜20メートルの浸水が想定されていた。このため、避難計画の策定や避難訓練を行っていたという。

 高齢者施設が被害に遭う例は多い。2016年の台風10号では、岩手県の高齢者グループホーム「楽ん楽ん」に川から氾濫した水が押し寄せ、入所者9人全員が死亡した。運営者は、高齢者らの避難開始を求める自治体による避難準備情報の意味を知らなかった。

 これを受け国は17年6月に改正水防法を施行。避難計画策定や避難訓練の実施を義務付けた経緯がある。

 現実にはまだ十分に浸透していない。国は22年3月までに避難計画の策定率100%という目標を掲げるが、国土交通省によると、昨年3月段階の全国平均は35・6%と低迷。九州は24・2%とさらに低く、5県が平均を下回った。未作成でも施設に対して罰則などの強制力がないことが背景にあるとみられ、同省担当者は「避難計画の作り方が分からないという指摘も受けている」と明かす。

施設の主体的判断必要

 広瀬弘忠・東京女子大名誉教授(災害リスク学)は「高齢者の避難には労力がかかる。災害時も自分の施設は大丈夫だろうと思い込みやすい」と指摘。「空振りを恐れずに避難準備を進めるべきだ。避難のタイミングも、行政の避難勧告や避難指示を待つのではなく、自ら気象情報を調べて主体的に判断することが重要だ」と訴えた。

(御厨尚陽)

西日本新聞 2020/7/8 6:00
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/624000/