7年8カ月にわたった第2次安倍政権で特に印象に残っているのは、安倍晋三首相が2014年8月、長崎市を訪れた際のやりとりだ。集団的自衛権の行使を安倍政権が容認したことについて、被爆者団体代表が「納得していない」と苦言を呈したところ、首相は「見解の相違です」と言って立ち去ったという。
 百歩譲って、国民感情と国策がただちに合致しないこともあるだろう。しかし為政者、しかも安全保障政策の転換を推し進めた本人が、国民に分かってもらう努力を放棄し、「見解の相違」で片付けるのは国民主権とは言えない。ましてや相手は、戦争で理不尽な被害を受けた被爆者だ。
 このやりとりに象徴されるように、首相の政治手法は、意見が違う人たちとの距離を埋める努力を、最初からあきらめる傾向が強いことが大きな特色だった。それは「安倍一強」の故なのか。
 世論に反して安保法や特定秘密保護法などを次々に成立させたのも、根は同じだ。首相は、28日の記者会見で「7年8カ月、結果を出すために全身全霊を傾けてきた」と語った通り、常に具体的な結果にこだわってきた。異論に耳を傾けて実現のスピードが落ちるより、違う意見は切り捨てた方が効率的という計算があったのではないか。
 その手法は、首相の路線を支持する人たちと、納得できない人たちとの間で、社会的な分断を生んだ。
 社会の分断がこのままでいいはずがない。次にだれが政権を担うにせよ、長期政権で私たちが失ったものを、取り戻す努力がなされなければならない。(政治部長・高山晶一)

東京新聞 2020年08月29日 05時50分
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