日本学術会議の新会員候補6人の任命拒否を巡り、内閣府が6日に公表した2018年の内部文書では、憲法の複数の条文を挙げて、首相が学術会議の推薦通りに委員を任命しないことの正当性を主張した。憲法を持ち出す政府の説明に対し、憲法学者らは次々と問題点を指摘。政府の主張の根拠は揺らいでいる。(川田篤志、横山大輔)

◆15条・公務員任免
 「どう考えても憲法論としては乱暴な理論。丁寧な説明とは到底言い難い」。早稲田大の長谷部恭男教授は6日、国会内での記者会見で、こう批判した。
 憲法15条は公務員の任免は国民の権利と定める。間接民主制の下で行政府のトップに立つ首相は公務員を任命したり、任命しなかったりできると説明するために、内部文書はこの条文を持ち出した。
 しかし、長谷部氏は15条を「一般的、抽象的な理念を言葉にしている」として、実質的な権利を定めていないと説明。「それぞれの公務員に即した個別の制度を見ないと、任命権の行使のあり方についてきちんとした結論が出てくるはずがない」と述べ、機械的に当てはめることは許されないと訴えた。
 東京大の石川健治教授も同じ会見で、日本学術会議法という個別の法律に会員の任命に関する規定があるにもかかわらず、内部文書が憲法の条文を持ち出して説明していることを批判。特別法が一般法に優位する原則を挙げて、今回の任命拒否は「法秩序の統一性、連続性を破壊する行為。極めて危険なことをやっている」と指摘した。
◆65条・行政権 72条・首相の指揮監督権
 内部文書では、内閣の行政権を規定した65条、首相の指揮監督権を規定した72条に触れている。学術会議の会員は国家公務員で首相の指揮監督権が及ぶ、という理屈立てのために使った条文だ。
 日本体育大の清水雅彦教授は本紙の取材に「一般的行政機関と学術機関は性格が異なる。他の行政機関と同じような解釈はできない。一般の公務員に対する論理を、さまざまな公務員に当てはめていくと、同様の解釈が拡大しかねない」と指摘。会計検査院や人事院など独立性の高い行政機関の人事にも悪影響を及ぼしかねないと危ぐする。
◆23条・学問の自由
 今回の問題は、学問の自由を保障する憲法23条の侵害にもつながりかねない。内部文書では、学術会議会員の任命は「国家公務員の任命」と主張。学問の自由を保障するために自治を認められた大学の学長任命とは「同視できない」と一線を画した。菅義偉首相も5日のインタビューで、学問の自由の侵害は「全く関係ない」と述べた。
 清水氏は「今回の任命拒否が前例になり、2回、3回続けられていくと、学術会議の中で『どうせ拒否されるだろう』という意識がまん延しかねない。会員に選ばれたいという意識で研究内容を変えたり、(研究とは)別の観点で推薦したり、研究活動がゆがめられてしまう。任命拒否は絶対認めていけない」と強調した。

東京新聞 2020年10月7日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/60146