【歴史】ブッダの謎に考古学で挑む、最古の仏教寺院発掘で解明に光 謎に包まれたその生涯や生没年、世界遺産の生誕地ルンビニを調査 [樽悶★]
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その昔、現在のネパールにあったカピラバストゥ(カピラ城)に住む裕福な王子が、別の生き方を模索するため、家族と富を捨てて出家した。ゴータマ・シッダールタ(釈迦)という名の彼は、修行の末に「ブッダ(仏陀)」つまり「悟った人」となり、その教えは現在5億人の信者を擁する宗教の基礎となっている。
宗教学者のカレン・アームストロング氏は、2001年に出版したブッダの伝記の中で、「仏教徒の中には『ゴータマ・シッダールタの伝記を書くなんて、とても非仏教的なことだ』と言う人もいるだろう」と書いている。
というのも生前のブッダは、人々に教えを広めようとはしたが、自身に全てをささげる信徒は望まなかったからだ。おかげで歴史家たちは苦労することになった。仏教に関する宗教的な文献は豊富にあっても、彼の個人的な生涯については、生没年を含め、はっきりしている事実はほとんどない。
そこで学者たちは、ブッダの生涯の全容を解明するために考古学に目を向け、信仰の聖地を調査している。シッダールタが生まれたとされるネパールのルンビニは、ユネスコの世界遺産に登録されており、この20年間の発掘調査により、世界最古の仏教寺院などの驚くべき発見があった。
これらの発見は、初期仏教の発展と、紀元前3世紀インドのアショーカ王が仏教の普及に果たした役割について、多くの事実を明らかにした。また、シッダールタがいつ生まれ、いつ活動し、いつ死んだのかにまつわる重要な情報も含まれている。
釈迦から仏陀へ
現在では仏教徒は世界中にいるが、なかでも中国、タイ、日本を中心とする東アジアに多い。仏教が世界各地に広まる過程で、信仰の解釈や中心的な教典を異にする様々な宗派に分かれた。
仏典によると、シッダールタは、インド北東部を支配していたシャーキャ(釈迦)族の王、シュッドーダナ(浄飯王=じょうぼんおう)と、その妃であるマーヤー(摩耶)夫人の間に生まれた。世の悪しきものから息子を守ろうとした父は、シッダールタを痛みや苦しみに触れさせまいと、カピラバストゥの王宮から出さずに大切に育てた。
29歳になり、結婚して息子もいたシッダールタだったが、王宮での贅沢(ぜいたく)な暮らしにうんざりしていた。冒険心から外の世界へ出てみたところ、生まれて初めて病人と老人と死者を見かけた。過酷な人生の現実に衝撃を受けた彼は、快適な暮らしも家族も捨て、人間の苦しみを終わらせるための知恵を求めて旅立った。やがて今日のインド北東部、ブッダガヤの菩提樹(インドボダイジュ)の下で瞑想をしていたとき、ついに答えを見つけた。悟りを開き、ブッダとなったのだ。
学者たちは、彼がその後、人々に教えを説き、サンガ(僧伽=そうぎゃ)と呼ばれるようになる出家者集団をもつようになったと考えている。ブッダは、悟りを開くために世俗に背を向け、執着を捨てることを説いた。
仏教では一般に、大半の人は輪廻(りんね)する、つまり死と再生を無限に繰り返しているとされ、この苦しみから解放されるためには悟りを開いて輪廻から解脱しなければならないと教えられている。
初期の仏典には、ブッダの生涯について共通の物語が記されているが、その時期についてはばらつきがあり、紀元前2500年頃とするものもあれば、紀元前3世紀末とするものもある。
ブッダの死後、その教えは徐々に発展して新しい独自の宗教となり、熱心な信者によってアジア各地に広められた。だが当時の北インドでは、知的で宗教的な雰囲気のなかで多くの小さな宗教が生まれており、初期の仏教もその1つに過ぎなかったと考えられている。
アショーカ王の登場
紀元前3世紀になると、この新しい宗教を急成長させることになる偉大な王が権力を握る。その名はアショーカ、古代インドのパータリプトラ(現在のパトナ)を首都とするマウリヤ朝の創始者チャンドラグプタ王の孫だ。マウリヤ朝は、マケドニアのアレクサンドロス大王が紀元前323年に死去した後の権力の空白を利用して、北インド全域に支配を広げていた。
紀元前265年頃に即位したアショーカ王は、さらなる領土を求めて近隣諸国を征服し続けた。ところが即位から8年目に、彼の精神を大きく変える経験をした。
彼自身の告白によると、それは隣国カリンガを征服した後に起きたという。自分が起こした戦争によって人々が苦しむ姿を目にして激しく後悔し、暴力を放棄して仏教に帰依したのだ。(続きはソース)
10/12(月) 7:13配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20201012-00010000-nknatiogeo-sctch
https://amd.c.yimg.jp/amd/20201012-00010000-nknatiogeo-000-1-view.jpg この人、人類で初めて現実が仮想空間であることに気づいた人なんでしょ? 直接的な描写は無いが、仏典からブッダの人種をアキネイター的に推測するとコーカソイドって決めつけるのが一番しっくりくるんだよな 無菌室で育つと、些細なことで気に病むことになり、、、、、まあ、悟ったからいいけどさ(だけど、自己申告だろ)。
むしろ、バイキンだらけの中で育つと、免疫がついて、むしろ、悟りへの近道のような気がしないでもない。 >>14
てことは、アレキサンダー大王の遠征についてきたマケドニア系かギリシャ系移民の血筋か? >>14
現在のネパールもコーカソイドが中心だし、それ以外あり得ない >>21
せっかく日本人に生まれた今生で
寝ても覚めても朝鮮人のことが
頭から離れないのも生き地獄だなw >>7
反カーストな宗教らしいから結局馴染まなかった >>1
インド人ってそんな立派だったんかな
大多数のインド人は民度低すぎてかなり神格化してねーか
それは中国人に対してそう思う
三国志なんか読んで現実の中国人見るとげんなりするw ブッダとかキリストって当時のラノベだろ・・・・・
聖書なんて完全にラノベだし
こんなの崇めてる国てアホやろ スジャータ♪スジャータ♪
コーヒー紅茶に褐色の恋人 >>28
行き倒れたゴーダマにオッパイ吸わせた女か >>24
;∧_∧: <せっかく日本人に生まれた今生で
:<;l|l;`田´>; <寝ても覚めても朝鮮人のことが
;(6 9: <頭から離れないも生き地獄だなニダ!!
:ム__)__) >>30
頑張ったのに引用すらマトモにできず
無能を晒す生き地獄
(笑) ネパールなのか北インドなのか議論されているのに
立正大学とネパール政府がブッダの聖地はネパール
であると宣言を出している。
ブッダが在命中に釈迦族は滅ぼされた。その後は
廃墟となり、未だに所在地は不明なのである。
仏教の成立はブッダ入滅後300年くらい経過して
からようやく経典が作られて出来上がった。
観光資源として有効と気づいたネパール政府の
キャンペーンは不当だと思う。 仏陀とイエスはほとんど同じことを言っている
ただし、現代仏教と同じく今の聖書はイエスの教えではない 仏陀の思想は「法」という一神教である
イエスが神と言ったのも実は「法」であり、何か形のあるものではない クラムボンはわらったよ
クラムボンはかぷかぷわらったよ(´・ω・`) 唯識の勉強しようと思ったら解説書が胡散臭くて読むのやめた
絶対専門家も正確に理解できてないと思う
本なんか読まずに自分で悟り開いたほうが早い 輪廻からの解脱を目指すのが仏教だけど今の時代に魂や生まれ変わりを信じるのは一部のあれな人たちだけだから仏教やってる人=変な人になっちゃう >>35
意味わからん
30年前にルンビニ行った時はやる気が全くない国境近くの村だったぞ
地元民乗り合いのトラックの荷台に乗って行くしかなかったけどルンビニよりそっちの方が良い思い出 >>41
大昔からある考え方のようだけど、
生物的に生まれ変わるのではなくて、人生の中で生き方が変わる(節目を迎える)ことに当てはめても、
仏教の言ってることは案外役に立つようだ >>41
なのでやはり、日本人の心情には仏教は合わないと思う
万物に神が宿り、邪険に扱うと祟られると言う八百万の神であれば、科学を知ってる我々でも、違和感なく共感できる 釈迦、キリストなんか
生死についての教えと
あとは超能力者ぽい人間が上に立つな
それを信じるか信じないかあなた次第です! 仏陀もイエスも、苦しみを減らすには欲浅く生きなさい、
極めれば涅槃に行ける、という同じ考え >>40
西洋の心理学では深層意識=末那識までしかない
唯識学は阿頼耶識についていろいろ理屈をこね回してるけど
どう考えたってアートマンだろう
大乗仏教はアートマンの探求から始まってると思うんだよ
でもアートマンを否定したのが釈迦だからね
それによってバラモン教から仏教が分かれたんだから…… 現代宇宙論のように、空が仏教です。入れ物にカラではなく、入れ物なしのカラ、空です。
虚無主義という概念規定の入れ物もない空です。 日本にはもっと古代にゾロアスター教が入ってきて
神道の起源はそこなの? >>41
輪廻転生は、もともとは、
死んで腐った体が植物の養分となり、その植物を食べた動物を育み子を産み
また死んで養分となり
と、いったような生物学的なものだったが、だんだん宗教的なものへ変質して
輪廻転生説となった 東大寺二月堂のお水取り
密教の護摩行
こういうのはゾロアスター教の影響らしいな >>8
それ今きづいたが、般若心経のラストフレーズ、羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦が由来なんだろうな >>54
釈迦はアートマンを否定してはいない
色々な例を挙げて、それはアートマンではない
と、説明しているだけ
無我、つまりアナッタンは本来はアン・アートマンで「我ではない」という意味
なので昔の中国人は「無我」と訳したが、「非我」と訳した方が原語の意味に近かった 苦行否定がブッダの人生だった仏教で苦行流行ってるの面白いよな >>15
理想家ベースならブッダになるが
現実ベースから来ると孔子になるような気がするね >>60
京都府の若狭から、砂漠の下のカナート(地下水道)を通って、奈良に行くのが、お水取りです。
それはゾロアスター教・拝火教です。この宗教は、人類初の世界宗教と言われております。 般若心経の最後は、goto goto goto イート >>65
何も深いこと考えず念仏やお題目、光明真言を唱えたりひたすら座禅
それで十分じゃないかと思うんだよ 釈迦が苦行否定に至ったのを理解するにも
自分が苦行をしてみないと分からない >>66
孔子も理想家でしょ
現実家なら老子とか、老子の研究をして、解老喩老を著した韓非子だな >>70
車輪の再発明だしブッダの言うこと聞いてないだけ
苦行しても苦行否定に至ったのは当時はブッダだけなんだから 普通に生活するのが苦行だろ
普通の生活の中に瞑想を入れると悟れる 般若心経の最後の呪文、涅槃に皆で行こうですから、オウム真理教みたいですね。
しかし、涅槃とは、死ではなく悟りだそうですが。
涅槃とは、輪廻転生しない理想の死でもありますから、仏教は、ギリギリ思考の恐ろしい宗教です。 死んだらどうなるか、というと現世で解脱できてなかったら、修行続行です >>61
そのサンスクリット語の解釈は、
行ける者よ、行ける者よ
と
来たる者よ、来たる者よ
と
行ける者よ、着たる物よ
の
3説がある あちこちにブッダの遺骨があると言われているがそれ検証してよ
確か川崎大師にもある >>63
「非我」説は、中村元氏を始めとする、仏教文献学者に多い説ですな。
しかし「無我」は「中国人の翻訳間違い」ではないんですな。
なぜかというと、パーリ語のテーラワーダ(上座部)仏教でも、サンスクリットからチベット語に翻訳されたチベット仏教でも「無我」説だから。
「無我」「非我」どちらが正しいのかはわからんけど、「中国人の翻訳間違い」は違います。 >>79
全部合わせると牛久大仏よりでかくなるらしい
ブッダは巨人だとするのが宗教的に正しい キリスト教は、朝ドラとか、主婦の立ち話的な宗教ですが、
仏教は、真剣勝負の恐ろしい宗教です。
しかし、今の日本の仏教の現実は、単なる葬式屋です。
僧侶の多くは恥を知るべきです。
仏、法、僧は認めます。 愛知にある日泰寺という日本とタイの友好の寺にある仏舎利は本物と聞いたが >>78
サンスクリットというか
生き方のメタファーだな >>80
仏教では、無と空ですから、非我ではなく、無我でしょう。 >>84
みんな「これはホンモノ」って言うんだよ。
だれも「ホンモノがどうかわからんけど…いいから祀っとけ!」なんて言わないよw
だから>>82が言ってるようなことになってしまうわけで。 >>37
両方とも哲学を宗教という詐欺の道具にされたのは確かだな >>88
日本とどっかとどっかで持ち回りって聞いた
日本が当番のときは高野とどっかが持ち回り >>82
全世界に何ヵ所あるんだろ?
ほんの一欠片ならそこまでデカくならないんじゃないか?
分骨と言っても耳かきサイズだと思う >>89
意思は相応に均一なのに
言語が違うことで、どういった意味があるのかね? 真言立川流を復活させて、日本のAV映像で世界制覇を行いましょう。 ブッダって生まれた瞬間に天上天下唯我独尊うおおおおって大声出したんでしょ? >>93
元々在家が持ってて骨のかけらを入れた容器の飾りのルビーも遺骨扱いだし
そうやって増えたんじゃね ゴータマ・シッダールタは実はペルシャの人 父親のスッドーダナ・シッダールダはペルシャ出身 >>37
キリストは、ミスターマリックでしょう。
釈迦に失礼ですよ、同じとの解釈は。 なんとか流は参考程度で
そもそも、本来自身に内包されてる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています