毎年多くの母親が亡くなり“マザーキラー”と呼ばれる子宮頸がん。日本人の「接種しない」という選択ははたして正しいのか――。

新型コロナワクチンに大きな期待が寄せられるなか、すでに有効なワクチンが開発され、多くの先進国がその恩恵を享受しているにも拘らず、
日本でだけ普及が進まないワクチンがある。「子宮頸がんワクチン(正式名称・HPVワクチン)」だ。

日本では2013年4月に小学6年〜高校1年相当の女子を対象に子宮頸がんワクチンを定期接種に組み入れた。
しかし、接種した少女たちからの痛みや発作、失神などの訴えが多数報告され、厚生労働省はわずか2カ月後、
「定期接種の積極的勧奨の一時差し控え(定期接種には残すが、積極的には勧めない)」という決定を下した。

あれから7年経った今も状況は変わらず、定期接種導入時に約70%あった接種率が、今では1%以下に落ち込んでいる。

子宮頸部にできる子宮頸がんは、多くは性交渉で感染する「ヒトパピローマウイルス(HPV)」が原因だ。
HPVは皮膚や粘膜に感染するごくありふれたウイルスで、女性の8割以上が生涯に一度は感染するが、ほとんどは感染者自身の免疫力で消える。
しかし、中には感染が持続するケースもあり、「前がん病変」と呼ばれる「CIN3(子宮頸部高度異形成)および上皮内がん」を経て、子宮頸がんに至るのだ。

厚生労働省の17年の統計によると、子宮頸がんを患う女性は年間約1万1000人、死亡者は約2800人。
もっとも罹りやすいのは子育て世代である30代後半〜40代で、多くの患者が子どもを残して亡くなることから、「マザーキラー」とも呼ばれている。

20年9月、大阪大学大学院医学系研究科の八木麻未特任助教(常勤)、上田豊講師(産科学婦人科学)らの研究グループが衝撃的な数字を発表した。

子宮頸がんワクチンの公費助成世代の接種率と、一時差し控えが決定して以降の接種率を元に発症者数、死亡者数を試算したところ、
接種率が大幅に低下した2000〜03年度生まれの女性の間で、患者が合計約1万7000人増加、死亡者が約4000人増加すると推計されたのだ。

「死亡増加数とはつまり、“接種率が維持されていたら減らすことができた死亡数”のことです。
約4000人の内訳は2000年度生まれが904人、01年度生まれが1130人、02年度生まれが1150人、03年度生まれが1153人。
04年度生まれ以降は約1150人の死亡増となると推測され、このまま積極的勧奨の差し控えが続けば、非常に深刻な事態になると考えています」(八木氏)

だが、多くの自治体では定期接種のお知らせを家庭に送付するのを控えているため、今も無料接種できると知らずにいる家庭がほとんどだ。

世界に目を向けてみると、子宮頸がんワクチンは100カ国以上で接種され、オーストラリアや米国、イギリスなど約20カ国では男子にも推奨されている。

日本大学医学部附属板橋病院産婦人科の川名敬主任教授が話す。

「HPVが男性の咽頭がんや肛門がん、尖圭コンジローマの原因にもなるからです。また、男子に接種することで、将来的な男性から女性へのHPV感染を予防することができます。
子宮頸がんワクチンというと女子だけのワクチンと思われがちですが、実際は男子にも大きく関わるのです」

日本ではこの12月にようやく男性への接種拡大に向け厚生労働省薬事・食品衛生審議会が審査することを決めたが、
すでに男女ともに無償で接種を行うオーストラリアは、近い将来、先進国初の子宮頸がん排除国になると言われている。

子宮頸がんワクチンが世界的に普及して10年が経った今、国内外で有効性を証明する報告が相次いでいる。

これまで、子宮頸がんワクチンの有効性の検証は、「がんになる手前の前がん病変を減らす」という報告が主だった。
しかし、20年10月にアメリカの医学雑誌『ニューイングランドジャーナルオブメディスン』で、子宮頸がん自体への予防効果が報告された。

スウェーデンの研究グループが167万人の女性を対象に、「子宮頸がんワクチンと子宮頸がんの発症の関係」を調べたところ、
ワクチンを接種しなかった女性の子宮頸がんの累積発生率は10万人あたり94人だったのに対し、接種した女性は10万人あたり47人だったのだ。

同じ北欧のフィンランドの研究でも、浸潤性子宮頸がんへの予防効果が既に報告されている。
https://bunshun.jp/articles/-/43158