革新左派・社会団体からのプレッシャー:トランプ政権からの揺り戻し

 ハリス氏の副大統領就任は、特に人種マイノリティの人々や女性のエンパワメントの観点からすると巨大なターニングポイントだ。

 国内の言論の動きをフォローしていると、人種マイノリティ、移民、女性への司法制度、選挙権、社会保障制度の改革や、コロナ救済措置の拡充、更に環境保護団体や国際保健などの分野において、トランプ政権からの“揺り戻し”が相当強まっている。既にバイデン大統領はかかる領域において多くの大統領令等に署名しているが、いわゆる急進左派からは「もっと左へ」といったメッセージがSNS上でも拡散されており、特にハリス副大統領に対する直接的な訴えの声も多く聞かれる。

 デンバー大学セス・マスケット教授(政治学専門、白人男性)は筆者のインタビューに対し、「カマラ・ハリスが副大統領/上院議長に就任したことは、一部の男性議員にとっては“脅威”に映るだろう」と述べた。

 2016年大統領選のヒラリー・クリントン氏敗北に大きく影響した決定要因が“ジェンダー”であったとの調査でも明らかになったとおり、米国政治には男尊女卑意識は未だ根強い。恐らく今後ハリス副大統領に対しても、議会内外の保守派による反発が起きることは大いに考え得る。

 更にバイデン政権の積極的な人種問題への取組みは、「支持基盤への迎合」といった批判、また白人至上主義を糾弾するメッセージは「白人の排斥」といった反発も随所で聞かれる。ハリス副大統領が今度更にタイ・ブレイカーとしての決断を迫られる時、いかにアイデンティティ・ポリティクスに陥らず、広い意味での「結束」を決断軸にしていけるか。そしてそれを如何に周囲に説得していけるか、という点が鍵になると考えられる。

(※政治では情緒的雰囲気が「怒り」に切り替わった時、相手の「ジェンダー」は、人々の権威意識や党派意識、投票行動等に影響する強い要素になり得るという研究も発表されている。これは日本でも大いに通じるところがあるかも知れない)

社会の多様化と分断の間を突き進む米国から、日本は何を学ぶべきか

 バイデン政権は、今後米国社会全体に向けダイバーシティ政策に更に力を入れるであろうし、今後国内外における女性、人種的・社会的マイノリティの進出に大きな影響力をもたらし得る。白人、男性、ないし既得権益者層においては強い反発、革新派からは強い圧力はほぼ必至だろうが、現時点でバイデン新政権の閣僚人事や政策方針に対しては、概ね過半数を超える支持率を獲得している。

 今日、米国の人口動態や人種比率の多様化は急激なスピードで進行しており、2045年には人種マイノリティが白人人口を抜き、“マジョリティ”に転じるとの予測もされている。(米ブルッキングス研究所、2018年)

 バイデン大統領は社会の激動を「結束」する役割を、そしてハリス副大統領には多様なスペクトラムを「橋渡し」する役割を、それぞれ期待されているのではないか。そうして多様性をめぐる認識や寛容性が向上し、人口問題(少子高齢化)や社会的マイノリティに対する政策、移民問題などへの政策的影響を国際社会でももたらし得る。現在78歳のバイデン大統領は、少なくとも本気で将来カマラ・ハリス氏が米国大統領となるビジョンを描いているのだと思う。

 多民族によってなる米国と日本を単純に比較するわけにはいかないが、女性の社会進出だけを見ても、日本は著しく遅れている。日本では、衆議院女性議員の比率は10.1%程度(10年前と比べて僅か+1%)、参議院では20.7%、また女性閣僚は全体の約15%、本省課室長相当職以上の国家公務員は約5.2%(2019年時点)と、これまで女性の社会進出が重要政策課題として挙げられてきているものの、実態は遅々として進まない。(米国では上院議員は24%、下院議員会は27%を占め10年間で50%の増加、閣僚では約半数、連邦政府機関の幹部職以上は34%女性が占める)

 果たして日本には、女性に国を背負うリーダーとしての役割を担わせようとする気概を持つ指導者が存在するのだろうか。

 少子高齢化が進む一方で未だ女性や外国人の社会進出が限られている日本にとって、米国の現状をいつまでも高みの見物に終始させるのではなく、真剣に検討を重ね、実態を迅速に変えていくべき課題として捉える必要がある。

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021020800016.html