「命を救うため、私はルールを破った」

 その話を彼から聞いたのは、記者になって4年半が過ぎたころ、仙台でのことだった。誰よりも空の安全を守ってきたはずの男の告白。ただ「本当は墓場まで持って行くつもりだった」という話を、私はどう扱っていいか分からず、書くことができなかった。

 それから11年余り。外務省担当の記者になった私は、「極秘」の指定が解けて公開された「天安門事件」に関する外交文書を見て、驚いた。

 これはあの時、彼から聞いた話ではないのか…。

 私は意を決して、すでに引退していた彼に、会いに行くことにした。

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https://note.com/nhk_syuzai/n/n54faec845cd9
2021年3月19日 14時59分