<個人主義や人権意識の高いはずの欧州で、自らの体について自己決定権が奪われかねない事態が起きている>

スイスでは新型コロナウイルスのワクチン接種が進み、6月初旬の時点で、全国で2回摂取完了した人は26%、
1回終了した人は42%に達した。スイス最大の都市チューリヒのあるチューリヒ州では、16歳以上の接種予約が5月初旬に開始になり、
7月からの学校の夏休みを前に摂取を急速に進めようという意図がうかがえる。

一方で、スイスでもすぐに接種はしない、または摂取は拒否すると決めている人がいる。
そんな考えの介護職の女性が、接種しないことを理由に勤務先から解雇された。

6月のフリーペーパーのツヴァンツィヒミヌーテンの報道によると、ローザ・フォンターナさん(49歳)は、
介護アシスタントとして、スイス・ルツェルン州の4つ星クアホテルに9年間勤務していた。

ある日、上司から新型コロナウイルス予防接種を受けるよう強く求める手紙が送られてきたが、
個人的な理由で拒否したという。その後、電話があり、接種することをもう1度よく考えるよう言われた。

フォンターナさんは了解し「もう1回熟慮します」と答えた。すると、また手紙が届いた。「予防接種を受けたいか」という質問に
「はい」という項目だけがあり、それにチェックを書き込むという内容だった。

その手紙をそのままにしておいたところ、2月下旬に解雇を言い渡された。
フォンターナさんは、自分は良い従業員だったのにと怒りがこみ上げるとともに、がっかりしたという。

ホテルは、フォンターナさんに解雇後の半年間は給与を払い続ける義務があったらしい。
しかし、フォンターナさんは弁護士に依頼する費用を使いたくなかったし、また新しい仕事が見つかったため、ホテルを訴えることは止めた。

フォンターナさんによると、ほかに2人が同じ理由で解雇されたといい、同紙は、その2人のコメントも公開している。
1人は理学療法士で「予防接種を受けたくないと言ったので、私も解雇されたのです」と話し、
もう1人は「解雇の理由は予防接種です。接種を受けない人を働かせておきたくないと言われました。
だから、私は荷物をまとめて去らなくてはならなかったのです」と語っている。

フォンターナさんらを解雇したホテル側は取材に対し「コロナ禍の始まり以来、ゲストとスタッフを最も適切な方法で守ることに努めてきました。
予防接種は、そのうちの一策です。解雇には常に多面的な理由がありますが、非常事態には経済的な理由も含まれます」とコメントしている(ツヴァンツィヒミヌーテン)。

同紙は、弁護士の意見も聞いている。アンドレ・クーン弁護士いわく、雇用者が、被雇用者が予防接種をしたくないからと解雇したり、
即座にほかの部署に異動させたりする場合、個々のケースにはよるものの、裁判官は、そのような解雇が不当なものかどうかを考慮しなくてはいけないという。

スイスで高齢者の介護を仕事にしている人の中には、フォンターナさんたちのように予防接種をしない人たちは確かにいる。

筆者が通う美容院の美容師は、ある高齢者施設で定期的に散髪をしており、昨年末に施設から優先的に摂取できるがどうするかと聞かれ、
すでに今年初めに予防接種を済ませたという。そこの介護スタッフも摂取を薦められたが、数人はずっと拒否しているそうだ。

似たようなケースは、ほかにも起きている。ARD(ドイツ公共放送連盟)で放映中の犯罪系のテレビドラマに出演中の女優エヴァ・ヘルツィヒさん(40代)が、
予防接種を拒否したことを理由に降板になった。先日、独フォークス誌ほか、多数のメディアが報じた。

番組制作には常に50人ほどのスタッフがいるといい、制作会社はスタッフに対する責任があるとしている。

ヘルツィヒさんが接種しないのは、ワクチンは副反応と長期的な影響を起こすかもしれず、疑問をもっているからだという。
2人の子供をパートナーなしで育てているヘルツィヒさんにとって収入を失うことは痛手で、迷った末の決断だったそうだ。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/06/post-96514.php