今年4月にYouTubeに公開された『MM“Sakura”Apocalypse』の再生回数は、5.3万回を超えた(7月16日現在)。

 この曲を聞いた“ゴーストライター”の新垣氏は、「言えるのは、この作品は約二十年前に彼がベースを作り、私が“お化粧を施して”仕上げた『鬼武者』というゲーム音楽から、化粧部分を取り去ったものと瓜二つだということです。だからこそ、彼のオリジナルだと分かるのです」(『週刊文春』2020年8月13・20日号)と語っている。新垣氏からもオリジナルのお墨付きを得たこの曲は、再出発した佐村河内氏の新たな代表曲ということか。

「代表曲なのかははっきりとは分かりませんが……。1994年に初めて放送されたNHKの『山河憧憬(武蔵野)』の音楽を担当していた頃には、既に能楽、尺八、効果音、オケ、電子音楽の融合という『MM ‘‘Sakura’’ Apocalypse』と全く同じオリジナルスタイルで作曲しておりました。私は、DTM(デスクトップミュージック)の草創期を生きていたわけですが、当時はまだ和楽器とオケと電子音楽といった斬新な融合は認められない時代でした。『こんなヘンテコな融合曲とか、頭大丈夫?』と売り込み先に門前払いをされる日々だったことを懐かしく思い出します。27年前の楽曲と今年になって発表した楽曲が能楽、オケ、電子音楽の融合と全く同じスタイルということから、自分の進歩の無さを反省しつつ、これが私のオリジナリティなのだろうと感じております」(同)

音楽制作に救われる

 自身をネット音痴という佐村河内氏がYouTubeで楽曲を発表出来ているのは、フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』の前チーフプロデューサー張江泰之氏のサポートがあるからだ。張江氏に、佐村河内氏との関わりについて尋ねた。

「フジテレビ時代の後輩から、佐村河内さんが音楽活動を手伝ってくれる人を探していると声を掛けられました。当然、騒動の頃に持ち上がった様々な疑惑のことがあったので、最初から全面的に彼の側についていたわけではありません。それは、佐村河内さんも同じで、私のようなメディアの人間への不信感が強く、最初に家に招いて頂いたときは、お互い身構えていましたね。何度か一緒にお酒を飲むうちに、彼が自分の作った音楽を発信したいという思いを強く持っていることがよく分かりました。そこで、今のようにYouTubeでの発信を手伝うことになりました」(張江氏)

 耳の聞こえない佐村河内氏とのコミュニケーションは、どうしているのだろうか。

「佐村河内さんにお会いする時は、奥さんが手話で通訳をしてくれますし、普段はメールでやり取りをしています。ご夫婦でひっそりと生活しており、あまり外出もされていないようで、騒動の頃から時が止まってしまっているようにも感じます。YouTubeでの楽曲配信をすることで、少しずつ前向きになっているのではないでしょうか。彼は、サムネイルにまで非常に強いこだわりを持っていて、文字のサイズや字体を細かく修正することがあります。自分の名前で世に出る楽曲だから、細かいところまで納得した上で発表したいのでしょう」(同)

 最後に、今後の楽曲制作について佐村河内氏に尋ねた。

「騒動に翻弄され、4年近く精神を病むような時期が続きました。相変わらず鬱々とししんどいながらも、今は逆に音楽制作に精神を救ってもらっております。まもなく『秋うらら』という楽曲をYouTubeで配信します」
https://news.yahoo.co.jp/articles/d296b449a0d8c643c7a0452bb6e26ed3db1e590a?page=3