リンゴを包丁でスパッと切ると、中心付近に黄色く透き通った部分が…。品種「ふじ」などのリンゴに入る「蜜」について、愛媛大学大学院農学研究科の和田博史教授(45)=植物細胞システム計測学=らの研究グループが、細胞レベルで「蜜」の代謝メカニズムを世界で初めて解明し、ネイチャー系の学術誌電子版で発表した。香りがよく、高い付加価値のつく「蜜入りリンゴ」を安定生産するための足掛かりになると期待される。

研究は愛媛大と農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、ブエノスアイレス大が共同で行った。

リンゴの蜜の正体は、芳醇(ほうじゅん)な香りを放つ揮発性物質(アロマ成分)だという。研究により、蜜リンゴでは蜜部分から周辺にかけてアルコール類のエタノールがたまり、発酵代謝が進んで「香り成分」となるエチルエステル類ができていることが分かった。

和田教授は「植物は9割以上が水で、水の動きを測れば植物が成長してゆく過程が分かる」と話す。

研究では、愛媛大で平成28年に開発した「ピコリットル・プレッシャープローブ・エレクトロスプレーイオン化質量分析法」と、「凝固点降下法」など2種類の浸透圧計測を組み合わせた研究手法を採用。これにより、細胞内の代謝と、果実内での水の動きを解明することに成功した。

ピコリットルは1リットルの1兆分の1を指す単位。愛媛大の技術では、顕微鏡下で細胞に先端部が2〜3ミクロンの細い石英管の針を刺し、ごく微量の溶液を採取して試料とし、それに高電圧を直接かけて、リアルタイムに代謝産物を分析する。

和田教授はリンゴの蜜部分、非蜜化部分、境界部分の細胞を解析。その結果、蜜部分は細胞の膨圧(圧力)が顕著に低く、膨圧低下に伴って発酵代謝が促進され、境界にかけてアルコール類を主成分とする揮発性物質が高濃度に蓄積していることが分かった。

また、果実内で非蜜部分から蜜部分に向けて水の動きがあり、蜜化していない部分は細胞壁の空間に空気層があるため不透明だが、蜜部分は揮発性物質が細胞壁間に集まり、水もたまって空気層がなくなることで光の透明性が増し、透明な蜜のように見えることも同時に明らかにした。

「普通のリンゴは果実の内外で膨圧に差がなく、水の流れもほとんどないが、対照的に蜜入りリンゴは蜜の部分で膨圧が下がり、外から内側の蜜部分に向かって水の流れができる」と和田教授は話す。

これまでも、リンゴの蜜の研究としては、細胞間隙へのソルビトールの集積や、成熟に伴う水の集積などのメカニズムが提唱されてきたが、細胞レベルで生理代謝と水の動きを同時に調べた事例はなく、蜜部分で何が起こっているかは曖昧なままだったという。

愛媛大のプレッシャープローブ技術を用いて、カリフォルニア大デイビス校でワインブドウ、農研機構でコメの研究などをした経験を持つ和田教授は、地球温暖化による環境変動が世界的な問題となるなか、農業分野では農産物の商品劣化問題が起きていると指摘する。リンゴも同様で、蜜入りリンゴは気温の低下する秋に収穫できるが、高温が続くなど環境が変われば生産が不安定になってしまう。

「これは基礎研究だが、実用技術に直結すると思う」と、生産の安定化に寄与できる研究だと、和田教授は手応えを感じているようす。「気温や湿度といった気象条件と果実との間になんらかの作用があって蜜を誘導しているので、果実からの蒸散と蜜入りなどの関係性などを明らかにしていくことで、今後、蜜入りリンゴの安定生産につながっていくだろう」と期待を寄せている。(村上栄一)

産経WEST 2021/8/24 08:00
https://www.sankei.com/article/20210824-MOKEHY3PARO37GYOX6QIC5JI5I/