追い詰められるライカ族の人々、2015年の州法の影響大
インドとパキスタンの国境にあるタール砂漠で夕日を浴びるラクダたち。(PHOTOGRAPH BY MATTHIEU PALEY, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

 インド北西部ラージャスターン州に暮らすバンワラルさん(35歳)は、父も祖父もラクダ飼いだったため、自分もラクダ飼いになった。「ラクダは私たち家族の延長線上にあります」。バンワラルさんはライカ族の一員だ。ライカ族はヒンドゥー教のシバ神から与えられた天職として、同州でラクダの世話をしている。

ギャラリー:ソマリランド襲う深刻な干ばつ、ラクダへの被害で苦しむ村人たち 写真9点

 バンワラルさんはナショナル ジオグラフィックの電話取材に応じ、「子供たちはまだ小さいうちにラクダとの絆を築きます。ラクダは私たちとともに生き、ともに死にます」と語った。

 乾期になると、バンワラルさんは仲間とともにヒツジ、ヤギ、ラクダの群れを集める。動物たちは音の鳴るベルや色とりどりのポンポンで飾られた後、アカシアの木が点在するタール砂漠を横切り、1000キロ以上離れた夏の放牧地に移動する。バンワラルさんと祖先は特徴的な深紅のターバンと白のチュニックをまとい、何世紀にもわたって半遊牧生活を送ってきた。

 現在、毎年恒例のこの儀式が一連の脅威によって危機にさらされている。最も深刻なのはラクダの減少だ。インド政府が2019年に発表した第20回家畜調査によれば、インドのラクダは2012〜2019年に37%減少している。インドのラクダはすべてヒトコブラクダだ。インドには9つの品種が存在し、総数は20万頭に満たないと推定されている。その80%がラージャスターン州に暮らし、輸送手段、毛や乳の供給、耕作のために飼育されている。

 しかし最近、インド西部は開発ラッシュで、「砂漠の船」の異名を持つスリムなラクダに代わり、新しい道路と車両が人やものを運ぶ主な手段になった。また、インド最大規模のインディラ・ガンディー運河をはじめとする灌漑事業によって農地が増加。風力発電所や太陽光発電所の建設も相まって、ラクダが草を食べる場所が減っている。

 ラクダ自身の人気も低迷しているようだ。ラクダ祭りはかつて、民族音楽と踊り、食べ物や工芸品の屋台、ラクダの販売などで盛り上がっていたが、今ではほとんど姿を消してしまった。

 さらに追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる観光業の崩壊と、オスのラクダの輸出や販売を禁止する2015年の州法だ。この州法により、ラクダ肉の販売も全面禁止になった(ライカ族の人々は、ラクダの肉を食べることは信仰に反すると考えている)。

 ドイツ人獣医師イルサ・コーラー・ロレソン氏によれば、州法制定の背景には、ラクダ肉を求める他国にライカ族のラクダが密輸されていた事実があるという。しかし、この法律は議論の的になっているとロレソン氏は話す。「生活と直結している家畜の販売を制限することは現実的ではありません。ライカ族が生計を立てるには、オスのラクダを売る必要があります」。ロレソン氏はナショナル ジオグラフィックが支援するエクスプローラー(探究者)で、1996年、ライカ族とその生活を守るため、NPO牧畜民福祉団体 Lokhit Pashu-Palak Sansthan を設立した。

 一家でマラリ村に暮らすバンワラルさんはこれらの障害に直面したせいで、子供たちを学校に通わせ、ラクダ飼い以外の人生を歩ませようと決意した。

「今も私たちを支えているのはラクダの乳の販売だけです。政府がインセンティブを用意し、ラクダの乳製品の製造所をつくり、オスのラクダの販売を認めない限り、私たちの将来は絶望的です」

 ラージャスターン州の畜産当局にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/1bd45dfc9dca6b1e15c8bfbb8aedaefa5f1527aa